OUR STORY

2025.04.01

チームの力で未来を読む – 「一人ではできない案件」に挑み続ける、M&Aのフロントランナー

外資系法律事務所が日本で本格展開を始めた2000年代初頭、新卒採用第一世代としてその門を叩いた木内潤三郎弁護士。30代にして国内大企業の経営陣や大手法律事務所のベテラン弁護士と向き合い、日本人弁護士として初の内部昇格パートナーへ。その後、リーマンショックや東日本大震災という激動を経験し、総合プロフェッショナルファームの日本代表弁護士として新境地を切り拓いてきました。そして2024年7月、新たな挑戦の場として東京国際法律事務所(以下、TKI)への参画を決意。クロスボーダーM&Aの最前線で培った”先を読む力”と、常に新しい挑戦を求める姿勢で、次なるステージへと歩を進めます。

プロフェッショナルの協働で一人ではたどり着けない高みへ

2000年代はじめ、外資系事務所で日本人の若手弁護士がキャリアを積むという経験はまだ珍しかったと思います。

そうですね。最初の1年は国内事務所で働きましたが、2年目に外資系事務所へ飛び込む決意をしました。高校時代には米国留学経験もあり、自分が弁護士として最も社会の役に立てるのは国際的な分野だろう、という漠然とした将来像があったのです。同事務所では、留学や海外勤務の機会があるだけではなく、東京オフィスにも外国人弁護士がたくさんいて、日常的に英語で考えて議論することが求められました。他の事務所では得られないような職業経験が積めると考えました。

そこからクロスボーダーM&Aの分野に注力するようになった経緯を教えてください。

M&Aの世界では、先を見越して能動的に動く積極性と、粘り強く考えて当事者が前に進めるような解決策を見出す冷静さが求められます。依頼者が目指すものと相手方が目指すものを理解し、各国の法律上の制約と言語や文化の違いを乗り越えて、Win-Winを目指す。そのダイナミズムにわくわくしましたし、国際感覚を磨く学びも多く、また、チームでなければ成し遂げられない仕事へのやりがいも感じました。

チームでしか実現できない価値とは、具体的にどういうものでしょうか。


多国籍案件では、そもそも各国の弁護士の助力なしには案件を実行できません。また、案件によって特定の法分野や業界知識が重要になったりするので、専門家にチームに加わってもらう必要もあります。それに、M&Aでは当事者が信頼関係を築くことが非常に重要なため、相手の国の文化や法制度に精通している人がいれば心強い。

私は音楽が好きなのでよく引き合いに出すのですが、各プレーヤーが自分の持ち味を発揮しながらも、他のプレーヤーを支えて、一つの楽曲を奏でるようなものです。同じ曲でもバンドによって聴きごたえに差があるように、弁護士もチームの力によってパフォーマンスに大きな差が出ます。

弁護士の大きな醍醐味は、たった一人でも国や大企業を向こうに回して社会正義と依頼者の利益を実現できることですが、優秀で意欲的なプロフェッショナルたちとチームで戦うことにもまた、大きなやりがいがあります。

プレッシャーのなかでこそ輝く - 外国人パートナーから学んだ姿勢

外国人パートナーから学ぶことも多かったのではないでしょうか。

はい。プレッシャーのなかでも冷静さを保ち、感情に流されず、自己規律を守りながら、ユーモアを忘れないことですね。私が尊敬していた英国人のパートナーは、どんなに忙しいときでも相談すると、必ず “What can I do for you?” と言って真剣に向き合ってくれました。真夜中まで案件に取り組むことがあっても、怒鳴ったりせず、ときには英国流のジョークを交えながら対応する。そうした姿勢から多くを学びました。

また、“先を見越して能動的に動く力”も鍛えられました。依頼者の立場、あるいは相手方の立場で次に来る質問や反応を想像し、先回りして対応する姿勢は、徹底的に叩き込まれましたね。

それから、常に時間との勝負のなかで、課題の優先順位を自分で考え、ポイントをついたアドバイスをする力も磨かれました。与えられた時間のなかで、目の前の問題に真摯に向き合い、依頼者のために何ができるかを真剣に考え、できることを最大限にやる。それがプロフェッショナルとしての誠実さだ、というのが私の行動指針です。

逆境からの再起 - 甘えを捨て、前へ進む決断

リーマンショックと東日本大震災は、大きな転機だったそうですね。

リーマンショックでそれまでの主要顧客だった外資系の動きが一気に鈍り、待っていても案件が来ない状況が続きました。当時、パートナーになってまだ1年。どこかに甘えがあり、「外資系の案件がないのだからどうしようもない」と考えて、自分も積極的に動きませんでした。幸いなことに大きな案件を抱えていたのでその時期はやり過ごせたのですが、今度は大震災で日本でのM&Aが再び止まりました。しかし、このときも「日本全体が大変な状況なのだから、パフォーマンスが落ちても仕方がない」と考えて仕事がおろそかになり、その結果、なかなか持ち直せず苦しい思いをしました。

そこから、どのように転換されたのでしょうか。

外資系事務所だったので、それまではクライアントは外資系ばかりだったのですが、ロンドンのパートナーと話すと、彼らは英国企業が海外でM&Aを行うときに、対象国の弁護士を差配しながら司令塔として案件の推進役をやっている、というのです。自分に置き換えると、日本企業の海外M&Aで司令塔を務める。日本人弁護士にそんなことができるのかな、と半信半疑でしたが、「やるしかない」と腹を括り、日本企業や投資銀行との対話を始めました。課題や質問を聞かせてもらい、対象国の弁護士に相談し、できる範囲で回答していくと、次第に信頼していただけるようになり、案件にもつながるようになりました。その経験が、自分を大きく成長させたと感じています。その時にサポートをしてくれた当時の事務所のメンバーには本当に感謝しています。

境界線を行き来するクロスボーダーM&Aの実践知

クロスボーダーM&Aにおいて、海外と日本のクライアントとではどのような点が異なりますか。

言語も違えば、扱う法律も違う。お客さまの特性もずいぶん異なるので、求められるスキルもかなり異なります。

海外クライアントに日本でのM&Aについて助言する場合、英語で日本の法律や契約を説明する能力が求められます。これは単なる言語の問題ではなく、背景にある法体系の違いも理解したうえで、相手の前提知識に合わせて説明する必要があります。たとえば日本の就業規則の概念や会社法の特徴を、英米法のバックグラウンドを持つ人にわかるように説明する。そこは、私が英米法の弁護士たちと長く一緒にオフィスで働いてきた経験が活きます。

一方、日本企業に海外でのM&Aについて助言する場合は、日本語で海外のM&A事情を説明することになります。ここでは海外の弁護士の力を借りながら、日本企業の方々が不安を感じやすいポイントを先回りして解消していくことが重要です。依頼者に対しては「今のうちにこういうことを現地弁護士に聞いておいたほうがよいと思います」、現地弁護士に対しては「この回答では、次にこういう質問が来ると思うが、どうか」というように前さばきをします。日本企業の海外M&Aが難しいのは、現地弁護士の助けなしには完結しないことです。自分でコントロールできない部分が大きいぶん、困難が伴います。特に法制度が未成熟な新興国などでは、現地弁護士のマネジメントが容易ではないこともあります。

その両方に精通している強みはどこにあるのでしょう。

双方の視点を理解できるところですね。海外の方にとって理解しにくい日本法の側面がどこかを知っているし、日本企業が海外の法律や商習慣に戸惑うポイントも想像できる。それぞれの立場に寄り添いながら、橋渡しの役割を果たせることが強みだと思います。

ただ、両方一緒に扱うのは本当に大変です。両方の案件が同時進行すると、全てのタイムゾーンで働かねばならず、肉体的にきついです。そこも、チームの助けをもらいながら乗り越えるのですが、「プレッシャーのなかでも、冷静に、かつユーモアを忘れずに」ですね。

特に印象に残っている案件はありますか。

中欧のある国の案件が特に印象深いですね。現在、日本の名だたる企業のトップを務める方が当時の事業部門の責任者で、その方と法務担当者と一緒に何度も現地に赴き、現地の弁護士と一緒にアドバイスをしました。

現地に足を運ぶ案件は、やはり印象に残ります。その場その場で即応が求められる、厳しい世界です。ときには「いま合意したことを、この場で書面化してサインしよう」という場面もあり、オフィスで待っている仲間に頼れないこともあります。最近はオンラインでの取引が増え、最初から最後まで交渉がEメールだけで完結することも少なくありません。そうなると、時間が無限にあるような錯覚に陥り、交渉がなかなか終わらないこともあります。一方で、現地に行く案件では、「この期間内に終わらせる」というモメンタムが生まれ、交渉がスピーディに進みやすい。そして、すべてが終わった後、お客さまと一緒に一杯やりながら達成感を味わう——そうした瞬間も、この仕事の大きな楽しみの一つです。

チームの力で次世代のグローバルファームをつくる

総合プロフェッショナルファームの日本代表弁護士への転身は、どのような決断だったのでしょうか。


リーダーとして実現したいビジョンがあったので、オファーをいただいたことをきっかけに新たな挑戦に踏み出しました。税理士、会計士、財務アドバイザー、人事コンサルタント、サイバーセキュリティの専門家など、さまざまな分野のプロフェッショナルとともに、一つの屋根の下で同じゴールに向かってアドバイスをする。その環境だからこそ、見えてくるものがあると感じました。

たとえば、ある米国企業に日本企業とのM&Aにつき助言した案件では、社内の財務・税務・人事・ITの専門家と連携して対応しましたが、そうした案件のなかで、他の分野のプロフェッショナルの視点をより深く理解することができました。

また、米国企業の破産法適用(チャプター11)案件では、米国の破綻企業の買収に特化した特殊な専門チームが力を発揮しました。依頼者である日本企業がライバル企業の破産を知り、「買収したい」という相談から始まった案件でしたが、ニューヨークの裁判所での入札までサポートし、最終的に買収を成功させました。

こうした多様な専門家との協働と、組織のリーダーとしての職責は、知的好奇心を刺激するとともに、ほかの事務所では得難い貴重な経験となりました。

TKIでの新たな挑戦について、どのようなビジョンをお持ちですか。

外国人弁護士が真に活躍できる環境をつくることが目標です。日本人弁護士と外国人弁護士がタッグを組まなければ解決できない案件に、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

TKIに集まる弁護士たちは、「チームの力を信じ、日本発のグローバルファームをつくる」という事務所のミッションとバリューに共感して参画しています。事務所としてはまだ発展段階ですが、どうすれば日本人と外国人の協働による強みを最大限に発揮できるか、常に模索しています。TKIは、メンバー間の結束も強く、一緒に何かを成し遂げようという雰囲気があります。そういった協力的な姿勢はお客さまにも伝わるものですから、それを大切にしながら楽しく事務所を育てていきたいですね。

クロスボーダー案件を担える人材に必要な素養は何でしょうか。

「好奇心」と「こだわり」です。どんな案件にも新たな発見があり、私自身、今でもわくわくしながら案件に取り組んでいます。また、自分なりの見解や予測をもって案件に臨むことも大切な姿勢です。睡眠時間や余暇を削るような仕事なのに、指示されたタスクをこなしているだけではもったいない。自分の考えをもって案件にぶつかってこそ、経験を自分の言葉で語れるようになります。若手弁護士には、なぜそう判断したのか、その結論や行動に至るまでの考え方を共有するよう心がけています。日々の気づきを伝えることが、次世代の育成には不可欠だと考えています。

今後のM&A市場をどう見ていますか。

近年は急速に保護主義が強まり、今まで当たり前の原理・原則と思っていた事柄がひっくり返されることが増え、リスク管理と予防策の重要性が高まっています。とはいえ、案件数自体は減らないでしょう。日本企業の海外進出は続き、円の相対的価値の低下を背景に海外からの投資意欲も旺盛です。ただし、案件ごとの複雑性と所要時間は増しています。

そうした環境のなかで、弁護士としての価値をどう発揮していきたいですか。

M&Aはマニュアル通りに進むものではなく、不確定要素の連続です。そのため、経験に基づいた”先を読む力”と、依頼者と相手方の考えを汲み取り、各国の法律上の制約のなかでの打開策を考える力、そして内外のチームを動かす力が弁護士の価値を決めると思います。

これからもチームの力を活かし、お客さまの挑戦を支え続けたい。そして、その過程で培った知見を次世代へつなげること——それが私の使命だと考えています。

(取材・文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久)