OUR STORY

2024.10.23

法律家の「“際”の強さ」とは – 定年後も挑戦を続ける弁護士の信念

大手法律事務所を定年退職後、新たな挑戦の道を選んだ三原秀哲弁護士。40年近い弁護士キャリアを経て「人を大事にする」という価値観と心境に至り、企業の危機に寄り添うとの信条を胸に、三原弁護士は東京国際法律事務所(以下、TKI)への移籍を決断しました。長島・大野・常松法律事務所(以下、NO&T)という自身の所属事務所の大規模合併や、長年の依頼者である日本航空の再上場からの学びなど、激動の時代を駆け抜けてきた三原弁護士が語る、「“際”の強さ」とは――。

NO&T合併時に感じた、より広い視点で社会に貢献することの大切さ

長年のキャリアのなかで特に注力されてきた分野について教えてください。

弁護士はどのようなご依頼も正当なものへ最大限お応えすると思いつつ、指導してくださった常松健弁護士に師事したことで、企業の資金調達への助言案件が増え、いつしかその道の専門家と言われるようになって参りました。ただそれは人さまとのめぐり合わせのご縁と偶然の賜物であったと思います。企業の資金調達とは、国内外の企業が株式や債券を通じて事業資金を調達し、調達した資金で新たな事業を展開するとの事業活動であり、それを法務の面でお支えする業務です。企業情報を市場向けに適正に開示するとの助言も行います。

そのほか、コンプライアンスの見地での企業の社内態勢整備、ガバナンスの枠組み構築、不祥事発生時の問題対応と体制整備、不幸にして紛争となった場合の対応へのご助言も行いました。

三原弁護士は、長年NO&Tに在籍され、長島・大野法律事務所と常松・簗瀬・関根法律事務所の統合時にも深く関わられたとお聞きしています。その当時の状況について、改めて振り返っていただけますか。

私は1993年に常松・簗瀬・関根法律事務所のパートナーとなり、ちょうど日本はバブル崩壊後の不況のなかにあり、大手金融機関の破綻が相次ぐなど、非常に不安定な時期であった1998年頃に事務所の合併の話が持ち上がってきました。当時は40歳くらいの年代でした。

自分たちの事務所は当時も本当に順調であり、正直なところ、当初、私には合併の意味がよく理解できず、現状のままで十分だと思っていたのです。しかし、もう一方の事務所の方々と話をするなかで、日本の法律事務所の在り方を根本的に変え、日本の企業へより強力で幅広い法的サポートを提供できる事務所、多くの専門性を備え、大規模で強力な法律事務所の存在が必要だ、そのような時代に差し掛かっているとの思いに接しました。激動の時代であればこそ、世界で戦う日本の企業を支える法律事務所をつくり、100年先を見据えた基盤を構築したいという先方の思いに深く感銘を受けたのを覚えています。この経験を通じて、自分の視野の狭さに気づかされ、より広い視点で社会に貢献する必要性を感じました。

合併直前に私の所属事務所には26名の弁護士がおり、合併により誕生したNO&Tは初年度末に所属弁護士が100名を超え、その後も順調に成長していまや500名を超える大規模事務所へと成長しました。この過程で、人を大切にし、共に成長していく組織の在り方について多くを学びました。実際にも、先達のみなさんに私自身も育てていただいたと思っており、それを今度は後進へお返しする、TKIでもそれは変わらない、これが今日まで続く私の法律家としての姿勢の礎となっているつもりです。

「人を大切にする」と組織としての強さが生まれる

人を大切にすることの重要性を感じる場面は、日々さまざまな案件に対応するなかでもあったのではないでしょうか。


そうですね。それを如実に感じた事例は日本航空の再上場のときだったと思います。日本航空との関わりは長く、1987年頃の完全民営化の時点以降、常松・簗瀬・関根法律事務所の一員としてチームの一番下で関与したのが同社とのご縁の始まりでした。その日本航空は2010年1月に破綻して会社更生法の適用を受けてしまいました。残念ながら約1万人以上の人員整理や路線の縮小など、大規模な事業再構築がなされました。

特に印象的だったのは、再生過程での企業文化の変革です。稲盛和夫氏が政府からの要請を受け会長に就任して経営に参画され「内科的治療」として経営者や社員の心を育てる取組みが行われたと伺いました。その結果、破綻からわずか2年8か月という短期間で2012年9月に日本航空は再上場を果たすことになります。

再上場の際、「JALグループは全社員の物心両面の幸福を追求する」との理念を掲げられ、役員の方からも「我々の会社は社員の幸せのためにある」というご趣旨をお聞きしました。その意味は、会社がまず社員を幸せにする、そうすれば、社員はお客さまを幸せにできる、この循環が会社を強くする、そうした企業理念を、外部の弁護士である私たちへ率直に語られたことに深い感銘を受けました。それは単なる建前ではなく、会社の本質的な価値観の再構築であり、この1点で組織が強力な集団へと変革したことを目の当たりにしました。再上場の途上で、会社の力が大きく飛躍した、これは絶対に成功すると感じたことを覚えています。

この経験は、二宮尊徳の「たらいの水」の考え方に通じるものがあると思います。「たらい」の中の水を自分の方にかき寄せようとしても水はすべて指の間からすり抜けてしまう、でも水を反対の方へ押し戻すと、結果的に水は自分のところに大きく戻ってくる。この発想の相違です。順序の相違が大きな相違になってきます。二宮尊徳の原文では「たらいの水」は湯船のお湯ですが(笑)。

つまり、依頼者や仕事のクオリティを第一に考えるだけですと、組織は実は疲弊してしまうことがあります。それよりも、経営陣やリーダーが集団の構成員一人一人を大切にし向き合ってその幸福を考えると、幸福を感じる集団は、依頼者の幸福や仕事のクオリティの1点に絞って自然と働く姿勢が整ってきます。これが大切です。まさに「たらいの水」を皆の方に向けて寄せようと動きます。集団の構成員(日本航空でいえば全社員)の気持ちが一体となり、外へ向けて貢献しようとの大きな流れが生まれます。こうして集団の強さが醸成されます。一つにまとまった集団は非常に強く、依頼者や顧客に対して一体的に質の高いサービスを自然と提供できるようになります。

日本航空から、私はこの考え方の実践的な凄さを教えていただきました。会社が危機を乗り越え、再び成長軌道に乗れたのは、まさにこの「人を大切にする」という理念が根付いたからこそ。「人」の集団である法律事務所においても、メンバー一人一人を大切にし、互いに高め合う環境をつくることが、結果としてクライアントへのより良いサービス提供につながると考えるようになりました。そして、「人を大切にする」という姿勢は、弁護士にとって重要な「“際”の強さ」を身につける基礎にもなると思うに至りました。

「共感」を原動力に、あらゆる可能性を検討し尽くし、正しい判断につなげる

「際の強さ」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。


「際の強さ」は、弁護士業務を行う上で常に必要とされる能力です。なぜなら、弁護士が請け負う依頼には潜在的または顕在的な困難や難題が常に含まれているからです。この「際の強さ」のベースには、まず依頼のなかにある問題や困難を見抜く力があります。そして、その力が発揮されるには、「絶対にあきらめない姿勢」と「もう一手打てる」という気概が重要です。

依頼者が「もうだめだ」と思った状況でも、ほぼすべての場合に「もう一手打てる」ことがあるのです。実際にその一手としてどの手が最善かを吟味し、最適なタイミングで打つ、そのうえで更なるもう一手を考える。これが「際の強さ」の本質のような気がします。正しいことを正しいままを貫きたい、世のため人のために尽くしたいという気持ちがあれば、必ず次の一手が見えてくると思っています。

私は何度か、クライアントから「あのとき、ああ言ってもらってよかった」という言葉をいただいたことがあります。そうお聞きしたとき、危機的状況で打開の一手を提案できた、そう言っていただけたと感じます。スポーツ選手が、苦しい場面で培った技術を無意識のうちに発揮するのと似ているかもしれません。つまり、「際の強さ」は単なる教科書的な知識ではなく、日々の実践を通じて身につけた芯の強さと、依頼者へ貢献したいとの切なる思いの結晶のようなものと言ったらよいのかも知れません。

弁護士としての「際の強さ」はどのように養われるのでしょうか。

ご依頼をいただいた際、私は、まず依頼者の会社や企業が社会でどういった役割を果たされ、その事業が如何に社会のお役に立っているのか、その仕事を通じて社員の方が人生を如何に謳歌されているか、そこを見るようにしています。するとその会社を好きになっていきますし、そこで働く社員の人々も良い意味で好きになり、そのような集団をご支援することが、ひいては社会のお役に立つ、その信念を得ることから始まります。そこで働くみなさまにもご家族がいて、彼ら彼女らが社会にとって必要な存在であることを心に留めます。すると、自然とその人たちの力になりたいという思いや共感が湧いてきます。彼らが正しい道に進んでいけるよう全力を尽くそうという気持ちが生まれます。弁護士になりたての頃は余裕もなく、ただ自分のため仕事をしているというレベルでしたが、いつしか、こうした周囲への気持ちを持つことで、責任感と使命感を得られ、また自分への自信も生まれ、仕事と社会とのつながりを感じ、日々の仕事がどんどん楽しくなってきたことを思い出します。その結果、「際の強さ」という資質がどうしても必要となった、それだけのことと思っています。

次の一手を考える際も、単に手を1つ考えるのでなく、まず、頭の中で何とおりもの様々なシナリオをシミュレーションして、あらゆる可能性を検討し尽くします。これは将棋のプロが何十手、何百手も先を読むのと同じと思います。このプロセスを繰り返すことで、次第に本来あるべき一手が見えてきます。この経験を何度も積み重ねることで、危機的状況に直面したときに正しい一手を迅速に見つけ出せるようになると思うのです。

長年の経験×TKIのビジョンで、新たな化学反応を起こしたい

そうした経験を踏まえて、TKIへの移籍を決断されたのですね。その理由を詳しく教えてください。


ある弁護士の先輩から「これまでさまざまな弁護士や依頼者から、あるいは社会全体から、恩恵を受けて数十年弁護士をしたのだから、その知見を死蔵してはいけない。できるだけ世の中に返していくべきだ」という言葉をいただき、自分が得てきた知見を次の世代に伝えていくことこそが、私が受けた恩を返すことになると思いました。これは「恩送り」という考え方ですね。

二十数年前に私がNO&Tに参画する直前、当時の所属弁護士は26名であり、昨年TKIへの入所を検討していたその当時のTKIは概ねそれと同じくらいの規模でした。TKIは伸び盛りの事務所であり、26名から500名超へ成長を遂げたNO&Tでの経験を何とか新しい視点で活かせれば、TKIにも、その依頼者のみなさまにも素晴らしいことだと考えました。

TKIでは「日本発のグローバルファーム」というビジョンを掲げています。「日本連合」として、日本の法的ニーズに応えつつ国際化に対応していくという形で成長してきたNO&Tと比べ、設立当初からグローバルな視点で成長を遂げてきたことがTKIならではの特徴です。生意気で恐縮ですが、私の経験を少しでもお伝えして、新しい「化学反応」が起こったらよいなと密かに期待しています。

TKIでは、具体的にどのようなことを実践していきたいですか。

まずは、事務所全員の心のよりどころとなる価値観、それをしっかりと見つめ、一人一人と向き合い、正しい価値観を共有する機会を増やしていきたいと思います。

また、これまでの経験を活かして、引き続き、資金調達やガバナンスの問題にも取り組んでいきます。そのうえで、新しい分野へも果敢に挑戦していきたいと思っています。一度きりの人生です。機会があればどのようなことも厭わずに進んで周囲へ貢献したい、そのような思いです。最近、目にすることの多い不祥事の問題も気になっています。不祥事へ関与したこれまでの経験では、ルールの制定が追い付かずに不祥事となったというケースより、ルールはあっても組織の人心荒廃から不祥事が起こったというケースが複数あると感じます。その対処法として、問題が発生したから更に細かいルールを作り続ける、そのようなトレンドがあるように思います。ルールの大切さは否定しませんし、一定のしっかりしたルールは必須なのですが、「ルールを守らなくてよい」「自分だけ良ければよい」、そういった不誠実な思いが根底にあって不祥事は生まれます。不祥事をみていて、誠実に生きることの大切さ、それを組織の価値観として根付かせていく必要があること、この点を依頼者へ如何に伝えられるか、挑戦して参りたいです。

その際、プリンシプルベースという視点が参考になります。金融庁も「ルールベースからプリンシプルベースへ」との視点を標ぼうされています。細かいルールも大事ですが、同時に、正直に、誠実に、嘘をつかない、人に優しく、こういった基本的な価値観が大事であり、基本的な原理原則に立ち返ることが大切です。それを組織全体で共有することが、本当の意味でのガバナンスにつながると思います。

さまざま申し上げましたが、このような取り組みを通じて、日本社会に貢献できるより強い法律事務所をつくっていきたいと思います。これからも、弁護士としての経験と知見を次世代に継承しながら、社会の課題解決に向けて、常に「もう一手」を追求し続けていきたいですね。

(取材・文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久)