2022.06.17
【森幹晴弁護士 × 谷中直子弁護士対談】ヘルスケア・ライフサイエンス領域でグローバルなダイナミズムに向き合う弁護士の挑戦
高齢化や技術革新が進み、ヘルスケア・ライフサイエンス業界を取り巻く環境は大きく変化しています。異業種のプレイヤーも参入し、競争は激化する一方です。
東京国際法律事務所(以下、TKI)では、ヘルスケア・ライフサイエンス領域を注力分野として掲げ、大手の医薬品メーカー、医療機器メーカー、食品・化粧品メーカーから、新興のバイオベンチャー企業まで、M&A案件、投資案件、合弁案件や国際的なライセンス契約の交渉支援を行っています。
今回は、森幹晴弁護士、谷中直子弁護士に、ヘルスケア・ライフサイエンス領域のM&Aとライセンス交渉に関する最新トレンド、弁護士として案件に関わる醍醐味について聞きました。
ダイナミックな領域で日本企業が勝負をしていくために
なぜTKIはヘルスケア・ライフサイエンス領域を注力分野として取り組むのですか?
森弁護士:日本企業がクロスボーダーの局面でさらに活躍して収益力を高め、次世代に豊かな日本を残していくためにも、ヘルスケア・ライフサイエンス領域は重要であると考えています。
ヘルスケア・ライフサイエンス領域は、医薬品、医療機器、化粧品、食品など幅広い業種が関連しているうえに、伝統的な大企業からバイオベンチャー企業までその企業規模も多様です。
さらに近年では、異業種の新規参入も相次ぎ、非常にダイナミックな領域といえます。こうした変化がある領域は、自ずと競争が生まれてきます。
日本企業が海外で勝負していくためには、技術の内容や経営戦略、事業戦略はもちろん、海外企業との交渉も重要な観点になります。
M&Aや合弁、ライセンスに関する国際契約は、数十から100頁を超える英文契約の交渉が必要となります。
日本の医薬品メーカーでは、英文契約を取り扱ってきたベテラン人材がこれらの業務を支える場合もありますが、特定の個人の力量に頼ってしまうことになり、組織的にはタコツボ化の懸念があります。また、その経験やスキルを承継したり若手を育成したりするのにも、時間がかかります。
こうした課題に対し、TKIのノウハウやリソースを活かすことで、日本企業のお役に立てると考えています。
谷中弁護士:ライセンス契約は、個別の取引ごとにビジネスニーズが大きく異なり、案件によっては、典型的なM&A契約よりも複雑になります。さらにそれが国際的な契約になると、対応できる日本の弁護士の数は限られてきます。我々弁護士としては、知識と経験、そして技量が問われる分野であり、外国人弁護士と日本人弁護士が協働するTKIの国際業務の強みを生かせる分野です。
この領域で勝負をしていくことは大変ですが、弁護士にとっても醍醐味があり面白い分野だと感じています。
アライアンス型へのマインドチェンジが求められている
ヘルスケア・ライフサイエンス領域でのM&Aでの特徴はありますか。
森弁護士:この領域は冒頭に述べたように多様なプレイヤーが関わっており、さまざまな形態があります。同業同士の水平の買収と異業種による買収という形態。また、エスタブリッシュ企業の買収と、バイオベンチャーの買収とでは抑えておくべきポイントが異なってきます。
同業間での買収について、従来は日本のメーカーなどによる欧米やアジアでの海外M&Aが多く見られました。
これは、医薬品メーカーにとっては新規パイプラインの獲得、化粧品メーカーにとっては新ブランドの獲得、海外市場への展開などを狙う成長戦略型のM&Aといえます。
さらに一歩進んで、コア事業の買収とノンコア事業の売却を組み合わせ、コア領域へ集中し、ポートフォリオの最適化を進めたのは武田薬品工業です。
富士フイルムのようにM&Aを活用し、異業種からライフサイエンス領域へ新規参入したケースもあります。
M&Aが成功している企業とそうでない企業の差はどこにあるとお考えですか。
森弁護士:柔軟かつ明確な経営ビジョンを持っているかどうかだと思います。伝統的に日本の製薬メーカーは自ら創薬から開発、上市まで手掛けるという自前主義をとる傾向が強いですが、新薬の研究開発競争の激化、スピード感をもって新規パイプラインを獲得し、開発費を分担して上市まで持っていくためにもアライアンス型をビジネスモデルに組み入れる発想にマインドチェンジできるかが決め手ではないでしょうか。
国際競争が激化し、新たな薬の種を見出すことも一社単独では難しくなるなか、他の企業と協力してWin-Winの関係を構築していける構想力、コミュニケーション能力、そして実行力が求められています。
経営層やそれに準ずる仕事をしている方々が、こうした能力を持っているかどうかが鍵になっているのではないでしょうか。
ヘルスケア・ライフサイエンス領域でのM&Aの留意点についても教えてください。
森弁護士:対象会社における重要製品の特許の存続期間、重要なライセンス契約のChange of Control条項の有無、競業避止義務条項による事業に関する制約、特許などの知的財産権をめぐるクレームや紛争、医薬品の副作用をめぐるクレームや紛争は、業界特有の基本的なチェック項目です。
また、医薬品に関する許認可、品質管理問題、当局規制やコンプライアンスの遵守状況は重要です。当局から改善指示を受けて放置しているような状況があれば、当局から販売や輸入を停止されるリスクがあります。
たとえば、国内大手医薬品メーカーによるインドの製薬大手企業の買収では、買収直後にインド工場が米国食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)から指摘を受け、品質管理問題を理由に米国向け輸入禁止措置を受けた結果、米国向けの輸出売上を失ってしまった事例があります。
この事例では、対象会社の医薬品の承認申請に虚偽データを提出していたことが判明してFDAから承認の再申請を求められるなど、結果として多額の特別損失を計上してしまいました。こうしたリスクについてデューデリジェンスでよく解明しておくことも重要です。
長いタイムスパンのなかで多数の専門領域が絡むライセンス導入
ライセンス導入の留意点を教えてください。
谷中弁護士:実施態様ごとにさまざまですが、経済条件としては対価の交渉が最重要です。たとえば、契約時に支払う一時金(Upfront Payment)、開発段階に応じたマイルストンペイメント(Milestone Payment)、販売に係る継続実施料(Running Royalty)、最低額保証実施料(Minimum Royalty)の合意をするか否かは重要な論点となります。
また、ビジネス上の論点として、どのような開発体制を取り、開発費をどう分担するかも問題となります。
共同開発の過程で生じた開発成果に係る知的財産権の取り扱いも交渉の論点となります。ライセンサーの交渉力が強いことが多いため、ライセンシーとなる企業としては、不平等な条件の契約を締結することがないように注意が必要です。
医薬品のライセンス導入の場合、契約締結から上市までの期間が長くなるため、ライセンス期間中にライセンサーがライセンシーの同業他社に買収されたり、倒産してしまう可能性も否定できません。上市後も含めて長い付き合いになるので、将来を見越したさまざまなリスクを考える必要があります。
このようにライセンス契約にはビジネス、法務だけでなく、知的財産権などの専門領域も絡むため、事業部、法務部、知財部、品質管理部、創薬部など、多くの部署の担当者が契約交渉に関わります。そのため、社内で利害が対立してしまうこともよくあります。
しかしながら、クライアント企業の皆様は、患者さんに薬を届けたいという熱い思いをお持ちです。
我々としては「リスクがあるからやらない」のではなく、クライアントの方々と共に知恵を絞ってリスクを最小限に抑え、社内のコンセンサスも得られる形でまとめていくよう心がけています。
森弁護士:長いタイムスパンのなかで、研究開発から、臨床試験、製造・販売まで、それぞれの当事者の利害関係をまとめていくためには、企業の事業戦略・経営戦略を踏まえて戦術的に考えられる知見や感度が求められます。我々としては、単なるリーガルチェックにとどまらないサポートが必要だと考えています。
クロスボーダーでのバイオベンチャー投資の難しさとは
日本の医薬品メーカーなどによる国内外のバイオベンチャー企業とのM&Aやアライアンスも増加しています。バイオベンチャー投資について留意点はありますか。
森弁護士:バイオベンチャー投資の難しさは、そもそも事業が成り立つのか、成り立ったとして開発にどこまで実現性があるかを見極めながら、複雑な交渉の経済条件を決めていくことにあります。
谷中弁護士: 契約解除時には、投薬中の患者さんもいらっしゃるので簡単に供給を止められません。契約終了時や相手方倒産時のリスク、ライセンス契約締結後に競合他社に買収されるリスクも含めて検討し、手当をしておく必要があります。
事前にパターンやリスクを検討しても、すべて明確に決めきれないことや、決めないほうが良い場合も時にはあります。ビジネス上の判断を踏まえて複雑な条件交渉をまとめるのは、大変な技量が求められます。
森弁護士:特に欧米のバイオベンチャー企業への投資においては、グローバルでの開発体制も重要な論点になります。臨床試験には莫大な費用が掛かりますし、当局の規制も国ごとに異なります。そうした開発にコミットしていくにあたっては、目利き力が必要になります。
谷中弁護士:倒産処理や知的財産権関連の法律を含め国ごとに強行法規も異なりますので、特許の所在国の制度調査なども必要となります。それを踏まえたうえで契約書に落とし込むのも、クロスボーダーでのバイオベンチャー投資の難しさだと思います。
リーガルアドバイスにとどまらない価値を提供
お話を伺うなかで、TKIはリーガルアドバイスにとどまらない価値を提供されていることが特徴的だと感じました。
森弁護士:「リーガル」の捉え方において、日本と海外とのあいだに差があるように感じています。
日本は、リーガル=静的なものであり、チェックリストや雛形が重視される傾向にあります。もちろんそこに収まるような定型的なビジネスであれば問題ありませんが、そうしたビジネスの収益性は年々低くなってきています。
収益性の高いビジネスに挑戦していくためには、ダイナミズムのなかでディスカッションや交渉を重ね、今まで形になっていないような新たなビジネスの形をつくっていかなければなりません。
我々弁護士としては、そのディスカッションから出てきたアイデアをいかに文書化し、リスクヘッジするか考えていく必要があります。
谷中弁護士:ライフサイエンス・ヘルスケアの領域は、規制分野であり、また知的財産権も絡んでくるため、日本におけるライセンスであれば日本法の知識は当然必要になりますが、それに加えて、ビジネスのダイナミズムを踏まえたサポートができるスキルが求められていると思います。
日本語にも堪能な外国人弁護士も多く参画するTKIでは、欧米企業との交渉においても、英語で交渉をしつつ、日本企業のクライアントとは日本語で作戦会議をし、クライアントのニーズを的確に捉えて交渉をスムーズに進めることができます。
日本人弁護士と外国人弁護士が協働して交渉を行うことにより、交渉過程での英文契約のドラフティングのスピード感にも自信があります。
今後TKIとしてライフサイエンス・ヘルスケア領域にどのように取り組んでいきたいか、お聞かせください。
森弁護士:この領域は、人口が激増する世界で大きな需要があり成長可能性を秘めた領域です。日本企業がこれまで培ってきた技術を活用して新しい競争に挑んでいくサポートをするために、日本人弁護士と外国人弁護士が協働し、日本に加え、欧米、アジア、オセアニアなど主要な法域での企業活動を支援するグローバルプラットフォーム戦略をより強化していきたいと考えています。
谷中弁護士:日本特有の法的問題や日本企業のビジネスニーズを理解したうえで、外国企業との交渉に際して戦略的アドバイスを行うというTKIの強みを活かし、日本企業に寄り添った形で支援していきたいですね。
(文:周藤 瞳美、取材・編集:周藤 瞳美・松本 慎一郎、写真:岩田 伸久)