【コラム】下請法の改正に向けた最新動向(2025年3月11日閣議決定)について
下請法の改正に向けた最新動向(2025年3月11日閣議決定)
について
「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律案」が、2025年3月11日に閣議決定されました。
発注者と受注者の関係を対等なものと見るために、上下関係を感じさせる「下請」という用語を廃止し、「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に改め、また、法律名も、「下請代金支払遅延等防止法」(以下、下請法)から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に改める方針です。
本コラムでは、特に下請法の改正に向けた最新動向にフォーカスしてご紹介します。なお、公正取引委員会(以下「公取委」)の事務総長によれば、法律名変更後の通称は「中小受託取引適正化法」となる想定とのことです。
1. 主な改正事項
当該法律案は、下請法に関する以下の点について改正を提案するものです。
① 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止
代金に関する協議に応じないことや、協議において必要な説明又は情報の提供をしないことによる、一方的な代金の額の決定を禁止する。
② 手形払い等の禁止
対象取引において、手形払いやその他、代金相当額を支払期日までに得ることが困難な支払手段(電子記録債権やファクタリング等)は禁止する。
③ 運送委託の対象取引への追加
適用対象となる取引に、製造、販売等の目的物の引渡しに必要な運送の委託を追加する。
④ 従業員基準の追加
適用対象となる事業者につき、資本金要件に加え、従業員数要件(300人。役務提供委託等は100人。)を新設し、規制及び保護の対象を拡充する。
⑤ 面的執行の強化
関係行政機関による指導及び助言に係る規定、相互情報提供に係る規定等を新設する。
⑥ その他
2. 改正の背景
現行下請法に関しては、いくつかの課題があり、公取委と中小企業庁とが共同で企業取引研究会を開催し、2024年12月に企業取引研究会報告書を取りまとめました。
前記1で挙げた改正すべき点が生じた背景は、以下のとおりです。
① 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止
- 下請法の「買いたたき」規制は、「通常支払われる対価=市価」に比べて「著しく低い」価格を押し付ける行為を対象としていたところ、個別性の高い委託取引における市価の把握は困難であり、運用上の工夫として「従前の対価」を市価として取り扱っていた。
- しかし、価格の据置きは「従前の対価」から引き下げる行為ではないので、コスト増にも関わらず価格を据え置く行為が要件に合致しにくかった。
- そこで、買いたたきとは別途の行為類型を追加する必要がある。
② 手形払い等の禁止
- 手形払い等は、現金で受領するまで時間がかかり資金繰りの負担を負わせるものである。経済環境や商慣習も変化している。
- そのため、下請代金の支払手段としては手形の使用は禁止し、その他の電子記録債権等の手段は、支払期日までに満額を現金と引き換えることができるもののみ認める方針とする必要がある。
③ 運送委託の対象取引への追加
- 発荷主と着荷主間の取引を受けて、発荷主が運送事業者に運送業務を委託しているという構造は他の下請対象取引と同様である。
- 発荷主と物流事業者間には、買いたたき、長時間の荷待ち、契約にない荷役等の諸問題があった。
- そのため、下請法の適用対象取引に加える必要がある。
④ 従業員基準の追加
- 会社法による資本金制度の柔軟化、減資手続の緩和等により、下請法の適用逃れが可能になっていた。
- そこで、新たに従業員数基準を導入し、製造委託等の取引においては従業員300人以下、役務提供委託等の取引では従業員100人以下の事業者を対象に含める必要がある。
⑤ 面的執行の強化
- 公取委と中小企業庁が主体となって下請法執行を担ってきていたが、所管する業界構造・取引実態に精通する事業所管省庁も連携して下請法違反行為に厳正に対処していく必要がある。
3. 「協議を適切に行わない代金額の決定の禁止」に対する現行の対応
主な改正項目のうち、実務上特に重要と考えられるのが①「協議を適切に行わない代金額の決定の禁止」です。近年、原材料費やエネルギーコスト、労務費等が上昇する中、発注者がコスト上昇分の転嫁について取引先と十分な協議を行うことなく価格を据え置くことが問題となりました。こうした背景を受けて、公取委等はこれまで以下のような対応を行ってきました。
(1) 2021年(令和3年)12月27日付け「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」による独禁法(優越的地位の濫用)・下請法の適用の宣言
公取委や関係省庁などは労務費、原材料費、エネルギーコスト等の上昇が問題となっていることを受け、取引事業者全体のパートナーシップを通じて、事業者がコストの上昇分を適切に転嫁できるように促すためのパッケージを公表しました。価格転嫁円滑化スキームを創設して下請法違反行為が疑われる親事業者の情報を広く収集するほか、コスト上昇を取引価格に反映しない取引について、①下請法の「買いたたき」に該当するおそれがある、②下請法の適用対象とならない同様の取引についても独占禁止法の優越的地位の濫用に該当するおそれがある、という解釈の明確化をし、これらの取締り・法執行の強化も実施しています。
(2) 2022年(令和4年)2月16日付け公取委ウェブサイト「よくある質問コーナー(独占禁止法)」のQ20の追加
公取委のウェブサイトの「よくある質問コーナー(独占禁止法)」のQ20において、労務費、原材料費、エネルギーコストが上昇した場合に優越的地位の濫用として問題となりうる行為について、①労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと、または②労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、取引の相手方が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず、価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で取引の相手方に回答することなく、従来どおりに取引価格を据え置くことは優越的地位の濫用として問題になるおそれがあるとの見解を示しました。
価格転嫁における優越的地位の濫用について実態を把握するための緊急調査が実施され、上記(2)①に該当する行為が確認された13事業者について、独占禁止法第43条の規定に基づき、その事業者名が公表されました(2022年(令和4年)12月27日)。
その後、事業者名の公表についてデュープロセスに配慮する観点から、2023年(令和5年)11月8日付けで、「価格転嫁円滑化に関する調査の結果を踏まえた事業者名の公表に係る方針」が公表されました。
なお、事業者名の公表は、独占禁止法に違反すること又はそのおそれを認定するものではないとされております。独禁法・下請法違反事件として法律違反を個別に認定していく取組では時間がかかるため、違反行為を未然に防止する観点から事業者名の公表という手段が採用されています。
(4) 2023年(令和5年)11月29日付け「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の公表
公取委は、コストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況にあると指摘し、発注者と受注者が採るべき行動/求められる行動を12の行動指針としてまとめました。発注者には、経営トップが関与すること、定期的に発注者から協議の場を設けること、労務費の転嫁を求められたことを理由として取引を停止するなど不利益な取扱いをしないことなどが求められています。一方で受注者には、国・地方公共団体、中小企業の支援機関等に相談するなどして積極的に情報を収集して交渉に臨むこと、労務費の上昇を示す根拠資料としては公表資料を用いることなどを求めています。また発注者・受注者に共通して求められる行動として、「定期的にコミュニケーションをとること」や、「価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者の双方が保管すること」が挙げられています。
4. おわりに
上記3で述べたとおり、「協議を適切に行わない代金額の決定の禁止」については現時点でも各種の取組がなされており、下請法の改正によって禁止される行為が大きく変わるものではないものと思われます。しかし、改正により明文化されれば、違反認定をされた上で勧告を受ける可能性もありますので、これまで以上に注意が必要です。
特に、取引先の値上げのための交渉を積極的に持ち掛けるような行為は、従来のビジネス慣行では考えにくい行動かと思います。営業担当者が自発的にそのような対応をすることは期待できませんので、弁護士や法務担当者から、研修の実施やマニュアルの改訂などを通じて啓蒙する必要性が高いものと考えられます。
また、本改正案によれば下請法の適用対象が広がりますので、運送委託取引の状況確認や、従業員数要件の充足など、既存取引を確認・整理する作業が必要となります。
本改正法案は、国会での審議を経て成立、公布へと進みますが、まだ具体的な時期は明らかになっておりません。しかし、上記のとおり企業側で対応が必要になることが予想されますので、独禁法・下請法に強い弁護士とともに、下請法遵守の体制を整える準備を開始しましょう。
(執筆担当者:植村)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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