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【コラム】海外ジョイントベンチャーの契約実務と紛争解決~インドJVを題材に~

海外ジョイントベンチャーの契約実務と紛争解決
~インドJVを題材に~

I.はじめに

ジョイントベンチャー(JV)は、日本企業が海外に進出するうえでの選択肢の一つであり、多くの活用例があります。外務省の「海外進出日系企業拠点数調査」によると、「合弁企業の数は、令和3(2021)年10月1日時点で合計5,541にのぼりました1。その地域的内訳は、アジアが4,038、大洋州が57、北米が320、中南米が256、欧州が576、中東が165、アフリカが129と、世界各地で日本企業によるJV形態の投資が行われていることがわかります。

JVの取引としての性格を見ると、「バイサイド」的な性格(こちらからJV相手の事業に投資する、という性格)と「セルサイド」的な性格(JV相手から自社の事業への投資を受け入れる、という性格)の両面を有します。このように売り・買いの両面を備えるだけでなく、長期的・継続的な性格も有します。さらに、多くのJVでは、いつ・どのようにエグジットするかが不確実なままスタートします。海外JVの場合は、相手国の法令について知る必要もあります。

このような複雑な性格をもつプロジェクトの事業設計と契約設計を、取引前から万全の形で行うことは事実上不可能であり、各場面で当事者に意見の不一致が生じることは避けられません。そんな不一致が本格的な紛争にエスカレートした場合の紛争解決手段として、中立性・執行可能性・秘密保持等の点から、国際商事仲裁が多用されています。

本稿では、インド案件を題材に、海外JVにおける①契約関係、②紛争の主な原因、③紛争解決手段としての国際商事仲裁、④紛争予防のために留意すべき事項を概観します。

II.海外ジョイントベンチャーにおける契約関係

JV案件で交わされる契約には、大きく分けて、

① JV事業を営む法人の立ち上げまでに当事者がすべきことを規定する契約
② JV事業開始後のガバナンス等について規定する契約
③ その他のJV事業に付随する契約

がありますが、商慣習が異なる当事者間で行われる国際的なJVにおいては、かなり詳細な契約となる傾向があります。なお、①と②は同一の契約書にまとめる場合と、別個の契約書に分ける場合があります。

上記①には、以下のような事項が規定されます。

  • JVの法人種別、所在地、商号、定款等
  • 各当事者が取得する株式の種類・数
  • 各当事者が拠出する資産・現金の内容
  • 拠出資産等に関する表明保証
  • クロージング(JV発足)の前提条件
  • クロージングまでの誓約事項
  • クロージングまでの解除事由・解除の効果

上記②には、以下のような事項が規定されます。

  • ガバナンス関連項目
  • 事業計画・配当方針等
  • 各当事者による追加出資・融資等
  • 各当事者の競業避止等
  • 各当事者による株式の譲渡等
  • JVの解消事由・解消の効果

上記③には、JVへの知的財産権のライセンス契約、物品・サービスの供給・購買に関する契約、人材の出向契約などがあります。「付随」契約だからといって重要性が低いわけではなく、株主の基幹知財や特殊なサービスを利用する場合には、ときとしてJV契約より長大になることがあります。

III.インドでのジョイントベンチャーについて

日本とインドの経済パートナーシップは過去10年間で大幅に拡大し、多くの日本企業がインドでJVを設立しています。インドの総合対内直接投資ポリシーが近年自由化され、外資に対し投資インセンティブと規制緩和を提供していることから、製造、自動車、インフラ、技術などの分野でのJV設立が多く見られます。

JV設立による現地企業との提携は企業戦略に貢献する一方で、契約で負わせた義務を相手方に履行させることや、発生してしまった紛争の解決において苦慮することが多いのも事実です。したがって、紛争解決の手段として多用される国際商事仲裁について知識を備えておくことが重要です。

以下では、まずインドのJV実務でよくみられる契約と紛争について概観したうえで、紛争の実例を示します。

1. インドのJV実務でよくみられる契約

日本企業とインド企業のJV案件においても前述した①~③の契約が交わされるのが通例です。③の付随契約としてよく見られるのは以下のものです。

(a) 技術移転・ライセンス契約(TTLA)
日本企業からJV法人への技術ライセンスの条件、知的財産保護条項等を規定

(b) 供給契約・販売契約
各当事者とJV法人との間の物品やサービスの提供に関する条件を規定

(c) 経営幹部との契約
日本から派遣する人材やインド側の経営陣ら、経営幹部に関する条件を規定

これらの契約の履行や解釈につき紛争が発生することも少なくなく、国際仲裁の申立てがなされることもしばしばあります。

2. インドのJV実務でよくみられる紛争

日本企業とインド企業のJVで発生しがちな紛争には以下のようなものがあります。

(a) 契約違反
契約上の義務の違反(出資義務、物品の供給義務、マイルストーン達成、排他条項等の違反)をめぐる紛争

(b) ガバナンス関連・デッドロック
決定権や拒否権、取締役の指名、経営判断をめぐる意見対立を原因とする紛争

(c) 知的財産権・技術移転関連
日本側がJVに提供した技術に関する秘密保持、不正使用、不正改変等に関する紛争

(d) エグジット・株式価額関連
プット/コールオプション、ドラッグアロング、タグアロング等の権利行使の可否や価額算定方法等に関する紛争

(e) コンプライアンス問題
JVの運営に影響を及ぼすインド法令(外国為替管理法(FEMA)、独占禁止法、労働法等)の遵守をめぐる紛争

ケーススタディ1:株式発行に対する拒否権をめぐる紛争

ある日本の電子機器メーカーがインド国内でハイテク部品を製造・販売するためにインド企業とJVを設立しました。株主間契約(SHA)には、株主構成の変更に日本側の事前の書面同意が必要と明記されていました。しかし、インド側は、日本側の保有割合を49%から30%に引き下げるべく、関連会社への新株発行を実施しました。日本側はSHA違反を主張しました。

日本側は交渉による解決を試みたものの合意に至らず、国際商業会議所(ICC)の仲裁をシンガポールで申し立てました。日本側の主張は、SHA違反、不公正な希釈化、少数株主の権利侵害というものでした。仲裁廷は、同意なき新株発行がSHA違反であるとの主張を認め、株主構成の原状回復と財産的損害の賠償を命ずる仲裁判断を下しました。

しかし、日本側がインドでの強制執行を求めた際、インド側は、株主構成の原状回復はインド会社法と矛盾し公序良俗に反すると主張しました。訴訟は長期にわたりましたが、最終的にインド最高裁判所は、JVにおいて契約は尊重されるべきであるとして、仲裁判断を支持しました。

ケーススタディ2:技術移転・知的財産をめぐる紛争

ある日本の自動車関連企業がハイブリッド車の部品を製造するためにインドの自動車関連企業とJVを設立しました。その一環として締結した技術移転・ライセンス契約(TTLA)は、ハイブリッドエンジン技術の使用範囲をJV向けの生産に限定し、独自の商業化やリバースエンジニアリングを禁止していました。しかし、数年後、インド側が無断でリバースエンジニアリングを行い、自社向けの生産に用いていることが発覚しました。

日本側は使用の中止と損害賠償を求めましたが、インド側は、独自開発した技術であり契約違反ではないと反論しました。交渉は決裂し、日本側はICC仲裁規則によるシンガポールでの仲裁を申し立てました。日本側の主張は、TTLA違反、企業秘密の不正使用、知的財産権の侵害というものでした。仲裁廷は、インド側による契約違反の明確な証拠があるとして日本側の主張を認め、多額の損害賠償と技術の不正使用の即時停止を命じました。

日本側がインドでの強制執行を求めた際、インド側は、当該仲裁判断はインドの技術発展を妨げ公序良俗に反すると主張しました。しかしデリー高等裁判所は、外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約は遵守されるべきとして、仲裁判断を支持しました。

3. インドJVにおける仲裁条項

日本企業とインド企業とのJV契約では、訴訟リスクを回避するために以下のような仲裁条項を定める例が多くみられます。

(a) 準拠法
当事者はそれぞれの自国法を準拠法にすることを主張するのが通例ですが、第三国法として英国法やシンガポール法が選択されることもあります。

(b) 仲裁地
シンガポール、日本、香港又はインドが選択されるのが一般的です。特にシンガポールは、裁判所が仲裁手続を尊重する姿勢も明確で、中立国として人気があります。

(c) 仲裁機関かアドホック仲裁か
手続が明確化されており中立性も高い機関仲裁(JCAA, ICC, SIAC等)が主流ですが、UNCITRAL規則によるアドホック仲裁が採用されることもあります。

(d) 仲裁人の人数
重要案件では3名の仲裁人(各当事者が1名ずつ指名し、両仲裁人又は仲裁機関が残る1名を指名)が主流です。

(e) 仲裁言語
英語が一般的ですが、日英併用という例もあります。

4. リスク軽減策

インド企業への投資やインド企業とのJVを検討する際には、以下のようなリスク軽減策に交渉段階から留意することが重要です。

(a) 仲裁条項のドラフティング
仲裁地、準拠法、仲裁機関その他の必要事項の定め方が不明瞭だと、疑義の解消のために司法判断が必要になり両当事者に追加のコストが生じます。仲裁合意として有効であり疑義を残さないドラフティングが必要となります。

(b) 仲裁地の選定
仲裁における司法の中立性が担保されている、予測可能性・透明性が高い司法制度をもつ場所を選択することが重要となります。

(c) 適切なデューデリジェンスの実施
デューデリジェンスにどれだけ相手方の協力を得られるか、そしてどれだけ予算と時間を割くかは悩ましい問題ですが、可能な限りのデューデリジェンス(財務情報、訴訟履歴、コンプライアンス等)を行うことが重要です。

(d) エグジット条項のドラフティング
エグジット時の手続や株式の評価方法、JVの解消事由、解消の手続・効果等が不明瞭だと、エグジットの決断そのものに迷いが生じますし、エグジットを強行した場合の紛争リスクが高まります。

(e) 能動的かつ柔軟な紛争対応
紛争が生じてしまった場合にも、ビジネス関係の維持が優先されるときは、仲裁ではなく交渉や調停による解決を図るなど、様々な選択肢を柔軟に検討し、能動的に状況をコントロールすることが重要です。

国際商事仲裁は、インドJVにおいて推奨される紛争解決方法ではありますが、訴訟と同様に複雑な法的・手続的を伴うものでもあります。明瞭な仲裁条項を規定し、中立的な仲裁地を選択し、リスクを能動的にコントロールすることで、万一の紛争の際にも円滑に解決できる準備を整えておけば、損失を抑制することが可能です。


1 同調査では、「合弁企業」を「本邦企業による直接・間接の出資比率が10%以上の現地法人」と定義。なお、その後の調査では公表様式が簡略化され、合弁企業の数は公表されなくなりました。

(執筆担当者:木内ドレラカーン

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