【コラム】ベトナムにおける仲裁判断執行の進化
ベトナムにおける仲裁判断執行の進化
仲裁は、柔軟性、中立性、そして執行可能性に優れているため、国境を越えた商事紛争において裁判よりも好まれることが多いです。裁判手続とは異なり、仲裁では当事者が手続のカスタマイズが可能であり、特定の専門知識を持つ仲裁人の選定、手続規則の選択、手続で使用する言語の決定ができます。この柔軟性は、複雑な国際紛争を効率的に解決するために非常に重要です。また、仲裁は中立性を提供し、特に外国当事者が関与するケースで裁判制度において生じうる偏った判断を回避できます。最も重要な点として、仲裁判断は「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(1958年)」、一般にニューヨーク条約として知られる制度の下で広く承認され、執行可能です。この条約は172か国が締約国であり、国境を越えた執行における強力なメカニズムを提供します。例えば、日本やシンガポールで出された仲裁判断は、当該仲裁判断の債務者の資産(株式、銀行口座、不動産など)が所在する他の170か国でも執行可能です。
さらに、仲裁は機密性を備え、裁判と比較して一般的に迅速な解決が可能であるため、国際的な文脈においてリスクを軽減しビジネス上の関係を維持しようとする企業にとって好まれる選択肢となっています。
仲裁の利用者にとっての大きな懸念事項の1つは、仲裁判断の執行に関する問題です。
開発途上国における仲裁判断に関する懸念の1つは、ニューヨーク条約の解釈及び適用に関する司法の専門知識の不足の可能性です。多くの開発途上国がこの条約の締約国であるものの、司法研修の一貫性の欠如や条約規定への不慣れが予測不可能な結果を招くことがあります。裁判官が国内の法原則を不適切に適用したり、国際仲裁の標準を十分に考慮せずに公序例外を優先したりすることで、遅延、コストの増加、さらには有効な仲裁判断の執行拒否につながることがあります。さらに、現地法令への過度な固執や裁判所の決定における透明性の欠如などの手続上の不備が、これらのリスクをさらに増大させます。
これは、「仲裁判断の執行」シリーズの第1回目であり、日本の投資家による主要投資先における仲裁判断の執行に関する国別の課題と戦略を探るものです。今回の特集では、海外投資先として急成長しており、日本の投資家にとって重要な市場であるベトナムに焦点を当てます。日本はベトナムへの外国直接投資の上位5か国にランクインしており、この国の法律及び規制の枠組みは、WTOへの加盟及びニューヨーク条約の締約国としての義務、ならびに国内法の適用の進化によって形作られています。そのため、ここでの仲裁判断の執行の機微を理解することが重要です。本記事では、仲裁判断の効果的な承認と執行を可能にし、日本の投資家がベトナムのダイナミックな市場で自身の利益を確保することを可能にするため、注目すべき事例研究や実務的な推奨事項を取り上げています。
近年、ベトナムにおける外国仲裁判断の承認及び執行に対するアプローチは大きく進化しており、いくつかの裁判所の判断では仲裁に肯定的な姿勢が示される一方、依然として残る課題を反映する事例も見受けられます。本記事では、次の2つの重要な側面に焦点を当てます。ベトナムの裁判所による承認拒否の理由(仲裁の利用者が初期段階でこれらの障害に気付けるように)と、承認申立てが認められた事例、そしてそれが国際仲裁の利用者に与える影響を解説します。「ベトナムで外国仲裁判断を執行するのは難しいが、不可能ではない」とよく言われています。
A. 外国仲裁判断の承認拒否:一般的な裁判所の理由付け
1. ベトナム法の基本原則への違反
承認拒否の理由として頻繁に挙げられるものに、「ベトナム法の基本原則への違反」があります。この用語はしばしば広く解釈されます。
例えば:
- ハノイ高等人民裁判所2023年1月17日判決(判決番号09/2023/HS-PT):ハノイ裁判所は、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)の判断を承認拒否しました。その理由として、裁判所は、仲裁廷が審理延期の要請を拒否したことが被申立人が関連する刑事事件に対する最高裁の評価を提示する権利を奪ったと述べました。
裁判所は、これが手続の公平性というベトナム法の基本原則に違反すると主張しました。ただし、裁判所は具体的にどの原則が侵害されたかを明示せず、このような理由付けの主観性に対する懸念を引き起こしています。 - 他の事例:ハノイ人民裁判所2020年5月29日判決(判決番号04/2020/QD-PQTT)では、仲裁廷が証拠提出を強制しなかったことが問題視されました。これが商事仲裁法(LCA)及び民法に基づく公正性と客観性の義務に違反しているとされました。
2. 通知及び送達の欠陥
仲裁関連文書の通知や送達が適切に行われなかったことを理由に、裁判所が仲裁判断を拒否した事例もあります。例えば:
- 事件番号81:通知が権限のない人物に送達されたこと、及び文書の内容が十分に証明されなかったことを理由に、裁判所は承認を拒否しました。
- 別の事例:FedExを利用して送達されたものの、送達内容の明確な証拠が不足していたため、承認申立てが却下されました。この事例は、ベトナム裁判所が要求する厳格な手続基準を反映しています。
3. 無効な仲裁合意
仲裁合意の不明確性又は締結の不適切性に関しても、承認拒否された事例が存在します。
- 事件番号752:裁判所は、署名者の権限を証明する証拠が提供されなかったことを理由に、仲裁合意を無効と判断しました。この決定は、ベトナムの代表権に関する法律を厳格に遵守する必要性を浮き彫りにしています。
4. 手続上の不備
ヒアリング実施場所の変更やIBAガイドラインに基づく証拠排除など、仲裁手続の逸脱が承認拒否の理由となった事例もあります。裁判所はしばしば商事仲裁法(LCA)の条文を引用し、合意された手続規則の厳格な遵守を要求します。
B. 仲裁肯定の姿勢:ポジティブな進展
課題が残る一方で、ベトナムの裁判所は進歩的な、仲裁を肯定する傾向を示してきています。
1. Sojitz事件3
Sojitz Pla-Net Corporation(SPNC)とRang Dong Holdingの間の紛争は、ベトナムにおける外国仲裁判断の執行における課題を示しています。この事件は、シンガポール法に準拠した株式譲渡契約を巡る事件であり、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)における仲裁が行われました。
仲裁廷が手続を遵守していたにもかかわらず、ホーチミン市人民裁判所は当初、「ベトナム法の基本原則」と矛盾するとして、仲裁判断の承認を拒否しました。
主なポイント:
- SIACの仲裁判断によって侵害された基本原則として、契約の自由及び請求権の行使の権利が強調されました。仲裁手続の中で、Rang Dongは本案に関するヒアリングの数日前に反訴を提起しました。仲裁廷は、Rang Dongがこれを正式に仲裁内で反訴として提起する意図があるかどうかを確認し、もしそうする場合には、SIAC規則に基づき必要なデポジットを支払う必要があることを明確にしました。しかし、Rang Dongはデポジットの支払いを拒否したため、仲裁廷は反訴の審理を進めませんでした。慎重を期して、仲裁判断には、同じ契約に基づいてRang Dongが提起する可能性のあるいかなる請求にも影響を与えないことが明記されました。
- 控訴裁判所は最終的に第1審の判断を覆し、ニューヨーク条約に基づくベトナムの国際的な義務に沿い、仲裁を支持する司法の姿勢を強めました。
2. 最小限の実体審査
一部の裁判所は、仲裁判断の実体を審査することを控え、国際的なベストプラクティスに従っています。
- ハノイ市人民裁判所判決(判決02/2020/QD-PQTT):ハノイ人民裁判所は、紛争裁定委員会(DAB)のプロセスを回避したとの主張があったにもかかわらず、仲裁廷の管轄権を支持しました。同裁判所は審査を手続面に限定し、ニューヨーク条約に基づくベトナムの義務に沿った判断を行いました。
- ハノイ市人民裁判所判決(判決09/2020/QD-PQTT):裁判所は、実体に基づく異議よりも手続の遵守を優先すべきであると強調しました。このアプローチにより、ベトナムが仲裁に友好的な管轄区域であるとの信頼が強化されています。
3. ベトナムの建設プロジェクトにおけるFIDIC標準契約書
FIDICモデル契約内の紛争解決メカニズムの執行は、一つの論点となっています。これらのモデル契約は、紛争裁定委員会(DAB)を含む多段階の紛争解決プロセスを規定していますが、しばしば現地国の司法解釈と衝突します。
- ハノイ市人民裁判所判決(判決09/2019/QD-PQTT):この事件では、ハノイ人民裁判所は、特定のDAB規定についての異議にもかかわらず、当事者がそれらの手続を不要としたことで直接仲裁を申し立てることが許容されるとして、ベトナム国際仲裁センター(VIAC)の下で出された仲裁判断を支持しました。
- ハノイ人民裁判所判決(判決02/2020/QD-PQTT):塩鉱山のEPC契約に関連する事件では、仲裁前の手続が必要かどうかを巡る紛争が取り上げられました。裁判所は最終的に仲裁廷の管轄権を支持し、解決に至らない長期間のやり取りが、DABや友好的解決手続の省略を正当化するものと判断しました。
C. 示唆と実務上の留意点
- ベトナムの司法は徐々に仲裁に友好的になりつつありますが、一貫性のない対応が依然として見られます。ベトナムの裁判所の決定のニュアンスを理解することで、関係者は外国仲裁判断の執行に伴う複雑さをより適切に対処することができます。
- 実務家に向けて:ベトナムの手続要件、特に通知や代表権に関する要件を遵守することが重要です。
- 仲裁人に向けて:ベトナムの法的枠組みの下で厳格な審査に耐え得るよう、手続上の決定を詳細に書面化することが求められます。
1 2020年9月25日にベトナム法務省のウェブサイトで公開された際に付されていた事件番号。かかるデータベースは網羅的なものではなく、また、公開以降定期的に更新されているものではありません。
2 脚注1と同じです。
3 オンライン上でアクセス可能な記事:Rang Dong Plastics to pay Sojitz Planet following ruling
本コラムの著者の一人であるアール リベラ ドレラは、当時所属していた事務所にて、仲裁及び執行において、Sojitzの代理人を務めました。なお、本ニュースレターでの要約は公開情報に基づくものです。より包括的な検討については右記にてご覧いただけます:(1) Post | Feed | LinkedIn
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