【コラム】 カスタマーハラスメントから従業員を守るために―企業に求められるカスハラ対策について―
カスタマーハラスメントから従業員を守るために
―企業に求められるカスハラ対策について―
昨今、社会問題化しているカスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」については、最近、航空・鉄道会社大手等が、カスタマーハラスメントに対する方針を策定・公表したことが報道されるなど、社会的に関心が高まっているところです。厚生労働省も「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月、以下「厚労省マニュアル」)を公表しており、カスハラから従業員を守ることは、使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)の一環であり、早急な対策が求められています。
本コラムでは、厚労省マニュアルを踏まえて、企業に求められるカスハラ対策の概要ついてご紹介します。
1. カスハラ対策の必要性
カスハラは、対応する従業員の心身に悪影響を与え、健康を害し、結果として離職につながることもあり、雇用主がカスハラに対して適切な対応を取らなかった場合、安全配慮義務違反として従業員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
また、カスハラは従業員の心身の健康を害するのみでなく、顧客対応による企業の時間的・経済的損失のほか、他の顧客の利用環境の悪化やブランドイメージの低下にもつながります。
2. 企業に求められる対策
カスハラ対応の難しさは、加害者が顧客や取引先であるという点ですが、カスハラは他の顧客にとっても迷惑行為となり得ることから、毅然とした態度で対応することは、職場環境の改善や業務の効率化のみでなく、企業イメージの向上にもつながります。カスハラ対策として以下のような取組みが求められます。
(1) 事前の取り組み
- 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
- 従業員のための相談対応体制の整備
- カスハラの対応マニュアルの策定
- 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
- 顧客の利用規約等(迷惑行為の禁止規定・違反時の解除規定)の整備
(2) カスハラ事案への対応
- 事実関係の正確な確認と事案への対応
- 従業員への配慮の措置(配置転換、メンタルヘルス不調への対応、休職等)
- 再発防止措置
(3) カスハラ行為類型別対応例
では、実際にカスハラ行為を受けた場合にどのように対応すべきかについては、以下のようにカスハラ行為の態様によっても異なります。なお、暴力行為を伴う等、緊急性が高い場合は下記の初期的対応のほか、直ちに警察に通報等する必要があり、また暴力行為を伴わなくとも、下記表1のような犯罪に該当する場合もあります。いずれの場合も、状況に応じて、録音・録画し、弁護士・警察に相談することが考えられます。
表1
行為類型 | 行為態様 | 初期的対応 | 犯罪類型 |
---|---|---|---|
時間拘束 | 長時間の居座り・電 話 |
応じられない理由を告げ て退去を求める/電話を 切る |
不退去罪、威力業務 妨害罪 |
リピート型 | 不当なクレーム・電 話等の繰り返し |
応じられない理由を告げ それでも止めない場合 ブラックリスト化して窓 口を集約し、毅然と対応 する。 |
威力業務妨害罪 |
暴言 | 侮辱的発言、名誉を 棄損する発言、大声 での恫喝 |
制止し、状況に応じてさ らに退去を求める。 |
名誉棄損罪、侮辱罪、 信用棄損罪 |
脅迫 | 危害を加える/信用 ・名誉を棄損する旨 の発言 |
対応者の安全を確保する。 不当な要求に応じない。 |
脅迫罪、恐喝罪、強 要罪 |
権威型 | 優位な立場を利用し た暴言、特別扱いの 要求 |
対応を上位者と交代する。 不当な要求に応じない。 |
侮辱罪、強要罪 |
SNS投稿 | SNSでの誹謗中傷 プライバシー・肖像 権侵害 |
掲載先のSNSの運営者 に削除を求める。発信者 情報の開示を請求し投稿 者に対して損害賠請求等 をする。 |
名誉棄損罪、侮辱罪 信用棄損罪、脅迫罪 |
セクハラ | 性的な言動 | 制止・警告する。退去を 求める。 |
不同意わいせつ罪、 迷惑防止条例違反 |
3. 取引先企業に対するカスハラ
カスハラは、社内研修等で従業員を啓蒙することができる社内のセクハラやパワハラと異なり、加害者が社外の顧客や取引先であり、未然防止措置は取りにくいのが難点です。しかし、逆に自社の従業員が取引先企業の従業員に対してカスハラを行うことは、従業員の啓蒙や社内ルールの策定によって、他のハラスメントと同様に事前に抑制することも可能です。取引先へのカスハラは、上記表1に記載のような犯罪や民法上の不法行為に該当し得るほか、独占禁止法上の優越的地位の濫用や下請法上の不当な経済的利益の提供要請等に該当する場合もあります。企業として、加害者側にならないように、事前の防止措置を取ることはもとより、取引先企業からカスハラのクレームを受けた場合には、事実確認・調査を行い、加害者の懲戒処分も含めた適切な措置をとる必要があります。また、取引先の調査にも協力する必要があります。
4. おわりに
労働施策総合推進法は企業にパワハラ防止措置を義務付けていますが、2024年5月に厚生労働省がさらに従業員をカスハラから保護する対策を義務付ける同法の改正案を検討する旨の報道がなされ、2025年の通常国会にも同法改正案が提出される見込みとされています。また、東京都を始めとする地方自治体でもカスハラについての条例の制定を検討しています。さらに、カスハラに関する裁判例でもカスハラ対策の不備は使用者の安全配慮義務違反として認められており、企業におけるカスハラ対策は急務であるといえます。当事務所も、引き続き今後の法改正や判例の動向を注視しつつ、企業が必要な取組みを進めるためのサポートをさせていただきたいと考えております。
(執筆担当者:谷中)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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