【コラム】 サステナビリティと競争法―公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」の改定について―
サステナビリティと競争法
―公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する
独占禁止法上の考え方」の改定について―
日本の公正取引委員会(「公取委」)は、事業者のグリーン社会の実現に向けた取組を後押しすることを目的として、2023年3月31日に「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(「グリーンGL」又は「旧GL」といいます。)を公表しました。
旧GLについての詳しい内容は、2023年6月27日付コラム「サステナビリティと競争法 ― 公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」 ―」をご参照いただければと思いますが、旧GLでは、市場や事業活動の変化、具体的な法執行や相談事例等を踏まえて「継続的な見直し」を行っていくことが宣言されていました。
本コラムの執筆時点では、公表されている相談事例は2024年2月15日に公表された「石油化学コンビナートの構成事業者によるカーボンニュートラルの実現に向けた共同行為に係る相談事例について」のみです。しかし、当方らが公取委担当官から伺ったところによれば、当事会社が非公表を希望するため公表できていないだけで、相談自体は相当数来ているとのことです。
そして、宣言どおり、これらの「具体的な相談事例や事業者等との意見交換の結果」を踏まえ、策定から約1年後の2024年4月24日に旧GLが改定されました(以下、改定されたガイドラインを「新GL」といいます。)。
本コラムでは、旧GLの内容・構成について簡単におさらいした上で、重要な改定ポイントについてご紹介します。
なお、公取委としてはグリーンに関する積極的な相談を求めておりますし、当方らも積極的な相談をしない理由はないと考えています。公取委の担当官によれば、グリーンに関する相談だからという理由で長期化することもないようですし、公取委にとっては「さすがにそれは問題ないのでは?」と思う相談もあるようで、その場合には即日回答を得ることも可能です。当事務所もサポート体制を整えておりますので、新GLを活用しながらグリーンな取組を進めていきましょう。
1. グリーンGLの内容・構成のおさらい
(1)グリーンGLの目的
事業者がグリーン社会(環境負荷の低減と経済成長の両立する社会)の実現に向けて行動しようとしても、単独ではコストや時間がかかってしまい効率的でないばかりか、グリーン化に積極的・意欲的に取り組む企業だけがコスト増に伴う値上げをしなければならず、競争力が落ちてしまうことがありえます。そのため、グリーン社会の実現を促進するためには、競合他社と共同の取組を行うことが重要・有益になります。
他方、このような競合他社同士の共同の取組は、競争法、日本においては独占禁止法(「独禁法」)との関係が問題となりえます。グリーンGLは、このような協働の必要性と独禁法の緊張関係を調整すべく、公取委の独禁法の適用・執行に係る透明性を向上させ、事業者側の予見可能性を一層向上させる目的で策定されたものでした。
(2)グリーンGLの構成
グリーンGLの基本スタンスは、グリーン社会の実現に向けた取組は基本的に独禁法上問題とならない場合が多いというものでした。この点は改定後も変わりありません。
そのうえで、以下の3ステップのフローチャートを示していました。このフローは、後記2(1)ウで述べるとおり、変更されています。
- STEP 1:競争制限効果が見込まれない行為であるか(Yesであれば問題なし、NoであればSTEP 2へ)
- STEP 2:通常、競争制限効果(重要な競争手段である事項に対する制限、新規参入の制限、既存事業者の排除等)のみをもたらす行為に該当するか(Yesであれば問題あり、NoであればSTEP 3へ)
- STEP 3:競争制限効果と競争促進効果が認められる行為については、目的の合理性及び手段の相当性を勘案しつつ、競争制限効果・競争促進効果を総合考慮して問題ありかなしかを決定する
2. 新GLの重要ポイント
新GLはパブコメ等を踏まえて複数の修正・追加がなされていますが、特に重要な改定ポイントは以下の5点と考えます。
① 共同の設備廃棄、共同調達等の取組に関する考え方の更なる明確化
② 脱炭素効果の測定方法及び評価に関する考え方の明確化
③ 共同の情報発信、情報交換に関する想定例の追加
④ 物流事業者に対する優越的地位の濫用行為に関する想定例の追加
(1)共同の設備廃棄、共同調達等の取組に関する考え方の更なる明確化
ア 共同の設備廃棄
競合他社同士が共同で生産設備等を廃棄する行為は、旧GLでは競争制限効果のみをもたらす独禁法違反になる行為類型と整理されていました。
しかし、公取委の担当官によれば、共同の設備廃棄に関する事業者のニーズは高く、一律禁止となると不都合であり改定するに至ったとのことです。当方らが参加した旧GL策定当時の説明会でも、公取委担当官は、独禁法違反の行為類型としておきながら、共同の設備廃棄について「やりようはあると思っているので、是非相談して欲しい」と話していました。
そういった背景もあってか、新GLでは、想定例12(旧GLでは想定例10)への【解説】として、「脱炭素のための設備更新のために必要な廃棄であって、より競争制限的でない他の代替手段がない場合、3社のほかに有力な競争者が存在する、又は、海外からの輸入による競争圧力がある等のために市場に対する競争制限効果が限定的であるものについては、各種要素を総合的に考慮して検討した結果、『一定の取引分野における競争の実質的制限』を生じないと認められ独占禁止法上問題とならないこともある。」(抜粋部分の下線は当方らで追加。以下同じ。)との踏み込んだ記載が追加されました。
イ 共同購入
合計市場シェア80%となるメーカー3社が、最終製品(商品A)に占める割合の高い原材料を共同購入しようとする行為について、旧GLでは「独禁法上問題となる行為」として紹介していましたが、新GLでは当該事例(旧GLでは想定例29で、新GLでは想定例34)に新たに【解説】を設け、「合計市場シェア又は製造コストの共通化割合のいずれかが低い場合や、商品Aの需要者が、3社に対して、対抗的な交渉力を有している等の事情が認められ、需要者からの競争圧力が強い場合等、異なる状況や追加的事情が認められる場合には、独占禁止法上問題なく実施することができる可能性がある。」との記載が追加されました。
ウ 小括
このように、旧GLでは違法類型とされていた行為について、適法となる余地があることを追加し、よりグリーン化に向けた取組をサポートする改定がなされました。
検討のフローチャートとしても、前記3ステップに「STEP 2-2」が追加され、「競争制限効果(重要な競争手段である事項に対する制限、新規参入の制限、既存事業者の排除等)のみを持つ場合」であっても、「競争制限を目的としない、脱炭素のための設備更新や技術開発等のために必要な共同の取組で、より競争制限的でない他の代替手段がない場合であって、市場に対する競争制限効果が限定的であり、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならない」のであれば、独禁法上問題とならないとの変更がなされました。
共同の取組:検討フローチャート(概要版7頁から抜粋)
(2)脱炭素効果の測定方法及び評価に関する考え方の明確化
検討中の取組が「グリーン社会の実現」に寄与するか、「脱炭素効果」を有するかという点は非常に専門的であり、公取委も必ずしも得意とする分野なわけではありません。
そこで、新GLでは、「事業者等が、公正取引委員会に対して自らの取組について事前相談等を行うに際して、当該取組がグリーン社会の実現に向けたものであることの根拠や当該取組の競争促進効果としての脱炭素の効果、規制及び制度の変化等について主張する場合や、事業者等からの説明に加えて、関係省庁からの情報提供がなされた場合には、公正取引委員会は、これらを踏まえた判断を行う。特に、脱炭素の効果については、関係省庁からの情報提供がなされた場合、公正取引委員会は、これに依拠して判断を行う。」との記載が追加されました。また、「脱炭素の効果(温室効果ガス排出量・吸収量)については、温暖化対策推進法又はエネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律に基づく算定方法や、国際的な標準であるGHGプロトコル、GXリーグ算定・モニタリング・報告ガイドライン(令和5年4月26日GXリーグ事務局)等を用いて算定することができる」と明記され、依拠可能な基準が示されました。
(3)共同の情報発信、情報交換に関する想定例の追加
ア 共同の情報発信
新GLで追加された想定例5では、①需要者にとって使用上の価値に変化がなくとも、温室効果ガス排出量を大幅に削減できる等、グリーン化に資することが明らかであれば「品質の向上」と評価できること、②その結果、コスト増・価格上昇が避けられない場合には、取引先や消費者にその点を周知することや、窮状・現状を情報発信することを共同で行うことも(それが価格等の重要な競争手段である事項について制限する行為でなければ)独禁法上問題ない、という考えが示されました。
このような共同の情報発信には実務上のニーズがあったため、適切な情報発信のやり方が明確に整理されたことには意義があります。
イ 情報交換
新GLで追加された想定例15は、競合他社間で生産数量というセンシティブ情報の交換を行う際に、各社の人員等の状況から情報遮断措置(例えばクリーンチームの組成)が採れない場合であっても、他の有力な事業者の存在や、需要者の購買力が強いこと、隣接市場からの競争圧力も強いこと等の一定の事情があれば、当該情報交換により一定の取引分野における競争の実質的制限が生じるとは認められないと整理したものです。
もちろん、前提として、温室効果ガス削減を実現するため等に必要不可欠な情報交換である必要はありますが、しっかりとした情報遮断措置を採ることができない場合であっても適法に情報交換を進める余地を明記してくれたことは、実務上非常に有意義なものと思います。ただし、このパターンは、市場の分析や、他の圧力の評価等の法的分析が必要になります。新GLによってクリーンチームを作る必要がなくなった、という大雑把な議論でないことはご留意いただければと思います。
(4)物流事業者に対する優越的地位の濫用行為に関する想定例の追加
新GLで追加された想定例70 及び72は、優越的地位の濫用の「取引の対価の一方的決定」という行為類型につき、問題となるケースとならないケースを追加したものです。具体的には、製造販売業者(優越的地位)が貨物郵送事業者(劣位的地位)に対し、非化石エネルギー自動車での貨物輸送に限定して発注を行う場合の運賃の決定に関する問題の有無を示したものです。通常、グリーン化に資する輸送方法を選択した場合コストが大幅に増加するので、貨物輸送業者側としては当該コスト増を運賃に反映するよう交渉を求めます。製造販売業者がこれに応じず、一方的に運賃を据え置けば、独禁法上問題になります(想定例72)。他方、製造販売業者としても、常に貨物輸送業者の言い値で対応しなければならないわけではありません。値上げの見積提案に対して、その合理性を双方で協議し、合理的な理由を説明して見積額からの減額を求める等すれば、「十分な協議を行った」と評価され、適法になりえます(想定例70)。
この「十分な協議を行った」といえるには、何を説明すればよいのか、何回協議をすればよいのか、といった点は実務的に悩ましいところであり、他方で公取委としても定量的な基準は示しにくいところですので、独禁法実務に詳しい弁護士と協議しながら適切な対処をすることが肝要です。
3. おわりに
以上のとおり、新GLでは複数の改定がなされていますが、公取委としてはこれで終わりではなく、今後の相談事例や市場の状況等を踏まえ、ガイドラインの更なる見直しを継続的に検討していくとしています。
どの段階で公取委に相談に行くかというのは一つの悩ましい点ですが、当方らが公取委担当官に尋ねたところ、従前は、ある程度計画が固まってから来て欲しいと告げていたようです。しかし、今後はより多くの相談を処理していきたいとのことで、早い段階であっても、また1社で検討している段階であっても、回答できる範囲で回答していくのでどんどん相談に来て欲しいとのことでした。当事務所も、企業が必要な取組を前に進めていくためのサポートをしていければと考えています。
(執筆担当者:植村)
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