コンプライアンス国際紛争(訴訟・仲裁)その他

【コラム】営業秘密の漏洩リスクと国際的対応(1)

営業秘密の漏洩リスクと国際的対応(1)

営業秘密の侵害は、時代を問わず、企業の頭痛の種になっています。最近では、かっぱ寿司で有名なカッパ・クリエイトの元社長が古巣であったはま寿司から仕入れにかかるデータを持ち出した事件について有罪判決が下された事件や、ニデックが同社の元社員らが不正に持ち出した営業秘密を基に報道したとして、東洋経済新報社、同社記者及びニデックの元社員らを提訴(損害賠償請求)した事件が報道されており、少し前にも、ソフトバンクの元社員が転職先の楽天モバイルに技術情報を不正に持ち出したとして、警視庁に逮捕され、ソフトバンクから元社員と楽天モバイルに10億円の損害賠償請求がなされたという事例が耳目を引きました。

昨今の営業秘密関連事件では、「産業スパイ」の懸念等から、民事事件のみならず、刑事事件での取扱いの増加も顕著になっています。また、ビジネスのグローバル化により、国境をまたいで営業秘密が流出する事例もあり、各国で様々な対応が採られています。日本企業においても、こうした営業秘密の流出リスクに対するリスク管理及び迅速な有事対応が求められます。

本コラムでは、日本における営業秘密侵害の概要と潮流を改めてご紹介します。

1. 日本における営業秘密侵害に対する法制の概要

日本では、営業秘密の侵害については、不正競争防止法(平成5年5月19日法律第47号)において「不正競争」として規定され(同法2条4号乃至10号)、該当する行為につき、これらに対する差止請求権(同法3条)及び損害賠償請求権(同法4条)といった民事的請求権に加え、10年以下の懲役若しくは3千万円以下の罰金といった刑罰の適用(同法21条)が規定されています。この刑罰においては、未遂罪(同条4項)の処罰に加え、国内事業者の営業秘密を国外において侵害した国外犯(同条6項)の処罰も規定されており、自然人たる行為者のみならず、法人の処罰規定も整備されています(10億円以下の罰金刑、同法22条1項)。

営業秘密の保護強化については、平成15年改正を皮切りに平成27年まで継続的に行われていましたが、令和5年改正(令和5年6月14日法律第51号。公布から起算して1年を越えない範囲内において政令で定める日より施行予定)においては、(1) 技術上の秘密の侵害にかかる損害賠償請求訴訟において、これまで否定されていた被侵害者の生産能力等を超える損害分も使用許諾料相当額として増額請求を可能とし(改正法5条等)、また、これまで営業秘密へのアクセス権限がない者(産業スパイ等を想定)や不正取得者から不正な取得経緯を知って転得した者等、悪質性の高い者にのみ営業秘密の使用を推定する規定を適用していたところ、もともと営業秘密にアクセス権限があるもののこれを許可なく複製した者(元従業員、業務委託先等)や警告書等によって事後的に不正な取得経緯を知ったにもかかわらず対象となる情報を削除しなかった者等も対象に含める(改正法5条の2)といった形での営業秘密の更なる保護が図られることになりました。さらに、(2) 国外において日本企業の営業秘密の侵害が発生した場合にも、これまでは刑事的な国外犯処罰のみが明示的に規定されていたところ、民事事件においても、日本の裁判所に訴訟提起ができ、日本の不正競争防止法を適用されることが明確化されます(改正法19条の2等)。

(「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」(令和5年6月/経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 特許庁 制度審議室作成)資料より抜粋)

上記の改正法の成立により、今後さらに渉外的な要素を含む営業秘密侵害事件について、日本企業による対応を容易にする動きが進んでまいります。

2. 日本における営業秘密侵害事件の潮流

冒頭にも述べたとおり、日本における営業秘密の保護は喫緊の課題として認識されており、実際に刑事事件としての立件数も着実に増加しています。

一昔前であれば、罰則規定があり、被害相談・申告がなされた事例でもなかなか実際の検挙には至らなかった例も多く見られたところ、平成28年以後は着実に検挙事件数が増加傾向にあります。

(「令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について」(令和5年3月/警察庁 生活安全局 生活経済対策管理官作成)資料より抜粋)

刑事事件となる場合、警察及び検察による強制力をもった捜査が行われる点から収集される情報も充実することが見込まれますので、被害者となる企業側としても適切な情報提供・捜査協力に一定の意義が見込まれます。一方で、自ら主張・立証を行う必要のある民事事件においては、従来の裁判例上も問題となってきた「営業秘密」3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)に加え、不正取得行為及び不正使用行為の立証にも困難を伴うところがあります。したがって、営業秘密の侵害に対しては、そもそも流出を防ぐ予防策(社内におけるアクセス制御や情報管理規定・ソーシャル対応の周知等含む)の検討・見直しに加えて、実際に流出が生じた(又はそれが疑われる)場合の追跡手段の準備・確保を進めておく必要があります。

秘密管理性要件につき企業に求められる具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、当該企業の規模、業態、対象となる従業員の職務、情報の性質等によって異なるため明確な基準はないといえますが、抽象的・一般的に、従業員が秘密として取り扱われていることを一般的に、かつ容易に認識できる内容・程度の措置であることが必要とされています(経済産業省「営業秘密管理指針」6頁参照)。したがって、従業員数名程度の会社であれば書面やファイル上に「機密」といったマークを認識できるようにつけておく、金庫に保管・管理しておく、といったことも対応として考えられる一方で、グローバルに従業員が展開しており、システムで情報を管理している企業であれば、各従業員ごとの職位・職域に応じたアクセス制御や情報を閲覧する際にポップアップ等で機密であることの表示をするといった対応も考えられます。これら秘密管理措置の内容は上記のとおり企業ごと、対象情報ごとに異なりうるものですが、その前提条件として、企業内において、どのような情報を「機密」として取り扱うのか、といった仕分けがまず必要となります。企業側の対応として、(1) 秘密情報を特定し、(2) 当該秘密情報に応じた管理措置の内容を検討し、(3) 実際のオペレーションに照らして措置が必要かつ十分なものかを確認することが、実際に秘密管理性が問題となる場面(流出事故にとどまらず、訴訟上主張したうえで閲覧制限等を求める場面等も含む)で思わぬ落とし穴に慌てることを未然に防ぐ鍵となります。

また、最近では製品の観察・分析技術の進化により、半導体の結晶構造の分析や金属生成にかかる製法分析が解析されうるようになり、これまで秘密情報によって製品の優位性を保っていたところが今後より難しくなってくるという問題も生じてきます。この点は、営業秘密要件のうち非公知性の要件にもかかわる点ですが、秘密情報は恒久的に「秘密」ではなくなり、日々の技術進化により変動しうるものであるという点を再確認させてくれます。

日本における営業秘密の保護についても、社内での予防策、有事の対応策、いずれについても、時流に応じたアップデートが必要です。

(執筆担当者:石原


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石原 尚子
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