【コラム】サステナビリティ開示の義務化と訴訟リスク
サステナビリティ開示の義務化と訴訟リスク
世界的なESG・SDGs投資の拡大を背景として、国際的に、ESG・SDGsに関する開示の基準の策定やその活用が進んでいます。我が国においても、本年1月31日に公布及び施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正においては、企業のサステナビリティに関する取り組みを有価証券報告書において開示することが義務化され、3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用が始まりました。
他方、こうしたESG・SDGs重視の機運を背景として、世界では、一般株主や機関投資家、NGOが企業に対して、ESG・SDGsに対する取り組みについて訴訟を提起する例が増加しています。有価証券報告書におけるサステナビリティに関する開示の義務化により、我が国においてもこうした訴訟が将来的に多発することが懸念されており、リスク管理が求められてきます。
本コラムでは、(1)企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、企業が負うこととなったサステナビリティに関する開示義務の内容を改めてご紹介すると共に、(2)当該開示の義務化に伴う企業の訴訟リスクについて、簡単にご紹介します。
1. サステナビリティに関する開示義務の内容
本年1月31日に公布及び施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正(以下「本改正」)においては、有価証券報告書の第一部における「第2 事業の状況」の中に「サステナビリティに関する考え方及び取組」との記載欄が新設され、当該記載欄においては、企業の中長期的な持続可能性に関する事項として、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」及び「指標及び目標」の四つの構成要素に基づく開示が求められることとなりました。
そして、上記の四つの構成要素の内、「ガバナンス」及び「リスク管理」については、全企業が開示する義務を負い、他方、「戦略」及び「指標及び目標」については、全企業において開示が望ましいとされるものの、人的資本に関する記載等が義務化された点を除き、重要性を判断して開示の要否は各企業が判断することが許容されています。各項目で記載が求められる内容は以下のとおりです。
なお、記載方法としては、上記の四つの構成要素を個別に項目立てすることなく一体として記載することも可能とされています。
要素 | 義務 | 内容/具体例 |
---|---|---|
ガバナンス | 全企業が開示 | サステナビリティ関連のリスク及び機会を 監視及び管理するためのガバナンスの過程、 統制及び手続 例:取締役会や任意に設置した委員会等の 体制や役割等 |
戦略 | 人的資本等について 全企業が開示 |
人材の多様性の確保を含む人材の育成に 関する方針及び社内環境整備に関する方針 例:人材育成方針や社内環境整備方針 |
その他は重要性を 判断して各社が判断 |
短期、中期及び長期にわたり提出会社の経営 方針・経営戦略等に影響を与える可能性が あるサステナビリティ関連のリスク及び 機会に対処するための取り組み 例:企業が識別したサステナビリティ関連の リスク及び機会の項目とその対応策等 |
|
リスク管理 | 全企業が開示 | サステナビリティ関連のリスク及び機会を 識別・評価・管理するために用いるプロセス 例:リスク及び機会の識別・評価方法や報告 プロセス等 |
指標及び目標 | 人的資本等について 全企業が開示 |
人材の多様性の確保を含む人材の育成に 関する方針及び社内環境整備に関する方針に 関する指標の内容並びに当該指標を用いた 目標及び実績 例:人材育成方針や社内環境整備方針に 関する指標の内容、当該指標による目標・ 実績等 |
その他は重要性を 判断して各社が判断 |
サステナビリティ関連のリスク及び機会に 関する提出会社の実績を長期的に評価、 管理、及び監視するために用いられる情報 例:GHG排出量の削減目標と実績値等 |
本改正において、「サステナビリティ」の概念・定義は明確化されておりません。また、本改正は、細かな事項は規定せず、各企業の現在の取組状況に応じて柔軟な記載が可能な枠組みを志向したとされており、現状、具体的な開示基準や「戦略」及び「指標及び目標」における「重要性」の判断基準については、各社が判断することとされています(「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方)。具体的な開示基準や「重要性」の判断基準は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)において現在議論が進められており、その方向性を見据えながら、日本におけるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が国内の開示基準の制定に向けた議論を並行して行っている状況にあります。
このように、現時点において具体的な開示基準は定められていないため、当面は、金融庁が毎年公表している「記述情報の開示の好事例集」や他社事例を参照しながら、自社の取組状況に応じた記載を行い、開示のプラクティスの進展を待ちつつ開示の充実化を含む対応をとることが求められていきます。
2. 企業が負う訴訟リスク
いわゆるESG関連訴訟として、世界的に、気候変動による影響や被害を受けることを人権の侵害と構成することや、端的に気候変動対策が不十分であるなどとして、企業や政府等を相手に訴訟を起こす事例が増加しています。日本においても、石炭火力発電所の稼働により排出される硫黄酸化物や窒素酸化物等の大気汚染物質やCO2によって、生命・健康・身体に対する被害が生じることや、安定した気候の下で生活する権利が侵害されるとして、企業や国に対し、石炭火力発電所の建設や稼働を差し止める訴訟が提起されています。
また、上記とは異なる構成として、企業が開示したESG・SDGsに関連する情報が虚偽の情報であるとして、当該虚偽の情報開示に基づいて投資判断を行った投資家等が企業を相手に訴訟を起こす事例も散見されます。
例えば、米国においては、2018年にエクソンモービルによる気候変動に関連する情報開示が虚偽であり投資家を欺いたとして、ニューヨーク州がエクソンモービルを提訴する等、企業によるESGに関連する情報開示が虚偽であるとして投資家等から訴訟を提起される例が増え始めています。日本においては、筆者が認識する限り、例えば、日産自動車による、有価証券報告書の「コーポレートガバナンスの状況、役員の報酬等」の記載におけるカルロス・ゴーン氏の報酬についての虚偽記載について、海外の機関投資家が有価証券報告書の虚偽記載により株価下落による損失を被ったとして、損害の賠償を求める訴訟を提起する等、ESG(上記例では、G(ガバナンス))に関連する情報開示が虚偽であるとする訴訟が起き始めているものの、いまだに数は多くはありません。
しかし、有価証券報告書においてサステナビリティに関する開示が義務付けられたことにより、以下のとおり、今後は、日本においても、ESG・SDGsに関連する情報開示が虚偽であるとする訴訟が増加する可能性があり、注意が必要となります。
有価証券報告書に虚偽記載がある場合、投資家や株主等から、金商法に基づく損害賠償請求訴訟を提起されるおそれがあります。
金商法は、虚偽記載について、(i)「重要な事項について虚偽の記載があること」や(ii)「記載すべき重要な事項が欠けていること」等の類型を規定しています(金商法10条等)。そして、「重要な事項」の該当性は、基本的に、投資者の投資判断に影響を与えるような基本的事項、すなわち、その事項について真実の記載がなされれば投資者の投資判断が変わるような事項に該当するかによって判断されると考えられています。
そのため、売上高や利益、引当金等の計数等の財務情報ではなく、サステナビリティといった非財務情報であったとしても、投資者の投資判断に影響を与えるような基本的事項について記載に誤りがあれば、虚偽記載による金商法に基づく損害賠償の責任を負う可能性があります。特に、昨今のESG・SDGsを重視する風潮を背景として、投資判断においてESG・SDGsの要素を重視する投資家が増えているため、サステナビリティに関する記載の誤りにより、こうした投資家から、投資判断に影響を与える「重要な事項」に虚偽記載があるとして訴訟を提起されるおそれが高まっています。
サステナビリティに関する開示における虚偽記載に関し、金融庁は、本改正に伴い、開示に含まれる将来の情報について、開示後の事情の変動により、開示した情報が実際に生じた結果と異なることになったとしても、
- 「一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任が問われるものではない」
- 「当該説明を記載するに当たっては、例えば、社内で合理的な根拠に基づく適切な検討を経ている場合には、その旨と、検討内容(例えば、当該将来情報の記載に当たって前提とされた事実、仮定及び推論過程)の概要を記載することが考えられる」
としており、一定程度企業の訴訟リスクが低減するよう配慮しています。(「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方No.201、企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)5-16-2)。
しかし、上記の金融庁の考えは裁判所を拘束するものではなく、訴訟では異なる判断が出される可能性があります。また、上記の考えはサステナビリティに関する開示に含まれる将来の情報についての規律であり、現在の取り組みに関する情報には適用されません。さらに、金融庁は、上記の考えと併せて、「経営者が、有価証券報告書に記載すべき重要な事項であるにもかかわらず、投資者の投資判断に影響を与える重要な将来情報を、認識しながらあえて記載しなかった場合や、重要であることを合理的な根拠なく重要と認識せず記載しなかった場合には、虚偽記載等の責任を負う可能性があることに留意する」必要があるとの考えを示しており、特に将来情報の不記載について虚偽記載に該当する可能性があることを明示しています。
以上のとおり、サステナビリティに関する開示における虚偽記載に関しては、財務情報の虚偽記載と同様の訴訟リスクが存在します。企業としては、1に記載したとおり、開示の基準が明らかではない中、開示のプラクティスの進展に合わせてサステナビリティに関する記述を充実させる等の手探りの対応が求められる一方、特に重要事項の不記載による虚偽記載の責任を問われないようにバランスの取れた開示が求められることとなり、難しい対応が求められていくこととなります。
(執筆担当者:坂巻)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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