【コラム】経済法・経済安全保障 EU外国補助金規則(1)
経済法・経済安全保障 EU外国補助金規則(1)
― EUにおけるM&Aに多大なインパクト ―
はじめに
2022年11月28日、EUでは、市場歪曲的な外国補助金に関する規則(以下「EU外国補助金規則」または「本規則」という。)が成立しました。本規則は2023年1月12日に発効し、2023年7月12日より適用が開始されます1。本規則は、外国政府から補助金を受けた企業がEU域内で企業結合または公共調達を行うことにより、EU域内の市場が歪曲される弊害が生じることに着目して、かかる弊害を防止することを狙いとする規制です。
EU外国補助金規則は、EU企業を対象とするM&AやEU企業とのJV組成等の企業結合、およびEUでの公共調達を行おうとする企業に対し、事前届出や情報開示を義務付けています。特に、M&Aの文脈では、本規則は独禁法上の企業結合届出とは別個の新たな企業結合届出義務を課すものといえ、スケジューリングや案件遂行の手続的負担が増大します。しかも、本規則が規制対象とする「補助金」は、単なる金銭の受領にとどまらない経済的利益を広く包含し、その受領主体もグループ内企業に及びます。
さらに、規制対象となる外国補助金の受領時期が、EUにおける当該M&Aのクロージング後に行われるようなものまで規制対象に含まれるのか否か等、規制の外延が明らかでない部分も存在します。
本コラムは、第1回と第2回の二部構成とし、本規則が対象とする企業結合と公共調達規制のうち、企業結合規制に絞って解説します。
第1回では、EU外国補助金規則の規制の枠組みと罰則を詳しく分析します。第2回では、M&Aに影響する、企業結合届出の要件と禁止期間を分析したうえで、EU外国補助金規則が日本企業によるEUでのM&Aに与える影響と実務上の対応について考察します。
1. EU外国補助金規則による規制の枠組み
(1) 概要
EU外国補助金規則は、外国政府からの補助金を受けている企業に対し、かかる企業がEU域内で企業結合を行う場合に事前届出義務を課しています。欧州委員会は、この事前届出に基づき、または職権で、審査を開始することができます。審査の結果、外国補助金が存在すると認定され、かつ、それがEU市場を歪曲するおそれがあると認定された場合、欧州委員会は是正措置の決定や当該企業結合等の禁止決定を行うことができるのです。
(2) 「外国補助金」 ― 「EU非加盟国」による「資金的貢献」
規制対象となる「外国補助金」は、(i)「EU非加盟国」により提供される、(ii)「資金的貢献(financial contribution)」が、(iii)EU域内で経済活動を行う事業者に「利益」をもたらし、かつ、当該資金的貢献が法律上もしくは事実上一つまたは複数の企業もしくは産業に限定して行われている場合に、存在するとみなされます2。
(i) EU非加盟国
外国補助金の提供主体である「EU非加盟国」は、(a)中央政府およびその他のあらゆるレベルの政府機関(public authorities)、(b)公的団体(a foreign public entity)であって、その行為を外国政府に帰属させることのできるもの、(c)私的団体(a private entity)であって、その行為を外国政府に帰属させることのできるもの、とされています3。
このように、外国補助金の提供主体は、単に国や地方公共団体に限らないため、独立行政法人、官民ファンド、政府系金融機関等が該当しないか否かが問題となります。(b)への該当性については一定の判断要素も示されていますが4、各事例ごとに個別具体的な分析が必要です。
(ii) 資金的貢献
資金的貢献には、EU非加盟国による次の行為が含まれます5。
- 資本注入、補助金・交付金、融資・融資保証、経済的インセンティブの付与、営業損失の相殺、公的機関が課した財務的負担の補償、債務免除、DES・リスケ等の資金または債務の移転
- 免税措置等の本来得るべき歳入の放棄または十分な対価を伴わない特別なもしくは排他的な権利の付与
- 物品・サービスの提供または購入
このように、資金的貢献は単なる「補助金」にとどまらず、融資、物品・サービスの提供等も含む広範な経済的利益を意味します。
例えば、外国企業と当該外国の政府系ファンドが共同でEU企業の買収を行う場合には、政府系ファンドが実質的な「資金的貢献」を行っているとみなされないかという問題が生じます。また、政府系金融機関が買収資金の融資を行った場合にも、ここでいう「資金的貢献」に該当するのではないかという点が問題になりえます。
さらに、このような買収時における直接的な参画ではなく、一旦外国企業がEU企業の買収を完了したのちに、政府系ファンドが当該EU企業の株式の一部を取得するような場合も考えられます。この点、EU外国補助金規則では、外国補助金は、実際にそれが支払われることは要件ではなく、事業者が外国補助金を受けられる地位を得た時点で存在すると考えるべきであるとしており6、事後的な株式買取であっても、それが約束された時点によっては規制対象に含まれる可能性があります。また、仮に規制対象に該当した場合は、後述する「企業結合を直接に促進する外国補助金」に該当するのではないかという問題が生じ、歪曲ありと認定されるおそれも否定できません。
(3) 歪曲の認定
外国補助金が事業者のEU市場における競争上の地位を向上させており、かつ、これにより当該外国補助金がEU市場における競争に対し現にまたは潜在的に悪影響を与える場合に、歪曲があるとみなされます7。任意の3年間における外国補助金の合計額が400万ユーロを超えない場合は、当該外国補助金は歪曲のおそれがないと判断されるべきものであるとされます8。
歪曲の有無は、資金的貢献の額や性質等様々な要素を考慮して判断するとされますが、以下のいずれかのカテゴリーに属する外国補助金は、歪曲のおそれが最も高いとされています9。
- 経営不振企業、すなわち、補助金がなければ短期的または中期的に経営不能になる可能性が高いもの(ただし適切な再編計画を有するものを除く。)に対する外国補助金
- 企業の債務に対する無制限の保証、すなわち金額および期間の制限のないもの
- OECD公的輸出信用アレンジメントに適合しない輸出金融措置
- 企業結合を直接に促進する外国補助金
- 不当に有利な入札を可能とし、それにより契約獲得が可能となりうるような外国補助金
(4) 審査および確約・是正措置
欧州委員会は、届出を端緒として一次審査・二次審査を行うことができます。
審査において、欧州委員会は、EU域内での質問・調査権や立入調査権、帳簿閲覧権等の幅広い調査権限を有します10。また、EU域外の第三国が調査に異議を述べないことを条件として、当該第三国でもかかる調査を行うことができます11。
二次審査の結果、当該外国補助金がEU市場を歪曲すると認定した場合は、是正措置命令を行うか、または、審査対象の事業者が行った確約に当該事業者を拘束するとの決定を行うことができます12。
確約または是正措置の内容には、以下のものが含まれるとされています13。
(a) 研究・製造設備等のインフラへの公平なアクセスの提供
(b) 一時的な営業停止等によるキャパシティや市場規模の削減
(c) 一定の投資をしないこと
(d) 外国補助金の援助を受けて取得または開発した資産のFRAND条件でのライセンス
(e) 研究・開発結果の公表
(f) 一定の資産の売却
(g) 当該企業結合の解消
(h) 外国補助金の払戻し
(i) 当該企業のガバナンス構造の変更
加えて、欧州委員会は、審査に基づき最終決定を行うまでの間に、中間措置の決定を行うこともできます。中間措置の内容には、上記の確約または是正措置の内容のうち、とりわけ(a)、(c)、(d)を含みますが、これらに限られないとされています14。
2. 罰則
本規則は、違反に対する罰則として制裁金等を定めており、その大きさはかなりの金額に上ります。
罰則は、審査中の情報提供違反に対するもの、審査の結果欧州委員会が行った措置命令等への違反に対するもの、および届出義務違反その他企業結合に関するものに大別されます。
(1) 審査中の情報提供違反に対する罰則
事業者が、故意または過失により、以下のいずれかの行為を行った場合15、当該事業者の前年度の全世界年間売上高の1%以下の制裁金が課せられるか16、または、情報提供義務等を履行するまで、1営業日あたり前年度の1日あたり全世界平均売上高の5%以下の間接強制金が課せられます17。
- 欧州委員会からの情報提供要請に対し、不完全・不正確もしくは誤解を招く情報を提供した場合、または、期限内に情報提供しなかった場合
- 立入検査において不完全な帳簿類を提出した場合
- 役員・従業員への質問調査に対して、不正確もしくは誤解を招く回答をした場合、回答者が行った不正確・不完全もしくは誤解を招く回答を欧州委員会が設定した期限までに修正しなかった場合、または立入検査の対象および目的にかかわる事実について完全な回答ができないか、拒否した場合
- 立入検査に従わないか、検査のために欧州委員会が行った封を破った場合
- 事業者の防御権18行使に関して、欧州委員会が保有するファイルへのアクセスまたは情報開示の条件に違反した場合
(2) 措置命令等への違反に対する罰則
事業者が、確約付き決定、中間措置命令または措置命令に違反した場合、以下のいずれかの制裁が課せられます19。
- 当該事業者の前年度の全世界年間売上高の10%以下の制裁金
- 欧州委員会が制裁を決定した日から、事業者が欧州委員会の命令を履行したと欧州委員会が認定するまで、1日あたり、前年度の1日あたり全世界平均売上高の5%以下の間接強制金
(3) 届出義務違反その他企業結合に関する罰則
事業者が、故意または過失により、企業結合届出において、不完全または誤解を招く情報を提供した場合、前年度の全世界売上高の1%以下の制裁金が課せられます20。
また、事業者が、故意または過失により、以下のいずれかの行為を行った場合には、前年度の全世界売上高の10%以下の制裁金が課せられます21。
- 企業結合の実行前に、企業結合届出をしなかった場合
- 禁止期間に違反して企業結合を実行した場合(ガンジャンピング)
- 企業結合の禁止命令に違反して企業結合を実行した場合
- 届出義務の迂回行為を行ったか、行おうとした場合
1本規則第54条2項。
2本規則第3条1項。
3本規則第3条2項。
4本規則前文第12項は、判断要素として、補助金提供主体の性質、当該外国の法および経済の環境、政府が当該国の経済において果たしている役割等を挙げている。
5本規則第3条2項。
6本規則前文第15項。
7本規則第4条1項。
8本規則第4条2項。
9本規則第5条1項。
10本規則第14条。
11本規則第15条。
12本規則第11条2項。
13本規則第7条4項。
14本規則第12条。
15本規則第17条1項。
16本規則第17条2項。
17本規則第17条3項。
18本規則第42条。
19本規則第17条5項。
20本規則第26条2項。
21本規則第26条3項。
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
ご質問などございましたら、ご遠慮なくご連絡ください。