【コラム】サステナビリティと競争法
サステナビリティと競争法
― 公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する
独占禁止法上の考え方」 ―
加速する気候変動問題を前に、グリーン成長(環境と調和した経済成長)の実現に向けた取組が日本企業においても急務となっています。より迅速に効果的な解決策を見出すため、同業他社との協働等が有力な施策として検討の俎上に載る場面もあります。また、サプライチェーン全体で温室効果ガスの排出量を一定以下に抑えるため、温室効果ガスの排出量の多寡を取引先の選定基準に据えることもあるでしょう。
このような場面では、競争法、日本においては独占禁止法(「独禁法」)との関係が問題となりえます。サステナビリティ及び競争法の双方の取組に積極的な欧州においては、サステナビリティ実現のための競争者間の共同取組についての競争法上の考え方を示す形でガイドラインの改正が進められたり、自動車排ガス浄化技術開発制限カルテルが摘発されたりする等、サステナビリティ及び競争法の緊張関係に焦点が当てられてきました。
このような中、日本の公正取引委員会(「公取委」)は、事業者のグリーン社会の実現に向けた取組を後押しすることを目的として、2023年1月13日、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(「本ガイドライン」)の案を公表し、パブリック・コメントを経て、2023年3月31日に最終版を公表し、各種取組に対する独禁法の考え方を示しました。
本コラムでは、本ガイドラインで特に注目に値する箇所を中心に概要をご紹介します。
なお、表題こそ「グリーン社会」と銘打っているものの、本ガイドラインでは、他のSDGs達成に向けた取組にも本ガイドラインの示す判断の枠組み等を適用できる可能性についても言及しており、SDGs関連の取組全般を考える上でも参照できる部分が多いと考えられます。
1. 本ガイドラインの構成
本ガイドラインは、(a) グリーン社会の実現に向けた取組は基本的に独禁法上問題とならない場合が多いという姿勢を示しつつ、(b) 競争制限効果(重要な競争手段である事項に対する制限、新規参入の制限、既存事業者の排除等)のみを持つ場合には独禁法上問題となること、(c) 競争制限効果と競争促進効果が見込まれる場合には、取組の目的の合理性と手段の相当性を勘案しつつ、競争制限効果と競争促進効果を総合的に考慮して独禁法上問題となるか否かを判断することを示しています。
本ガイドラインは、以上の問題設定に続き、(i) 共同の取組、(ii) 取引先事業者の事業活動に対する制限・取引先の選択に係る行為、(iii) 優越的地位の濫用行為、(iv) 企業結合という類型ごとに、独禁法上問題となる行為と問題とならない行為の想定例を示しています。
以下では、特に共同の取組、取引先事業者の事業活動に対する制限・取引先の選択に係る行為、優越的地位の濫用の各類型について、実務で問題となりやすいと思われる想定例をごく簡単にご紹介します(本ガイドラインでは、より具体的に想定例が描写されており、下記表における想定例は本ガイドライン上の附番によります。)。
2. 共同の取組
前提として、各種取組の検討に先立ち取組の相手方と情報交換が必要となりますが、同業他社との情報交換自体が独禁法上問題となりえます。本ガイドラインは、パブリック・コメントを経て、独禁法上問題とならない情報交換やデータ共有の想定例の記載を充実させています。その中でもポイントは、価格等の重要な競争手段の共有を可能な限り避けること、情報交換を通じて協調行動が生じないような措置(情報遮断措置等)を講じることが挙げられます(下表中の関連箇所に下線を付しています。)。
なお、ここでいう「価格等の重要な競争手段」とは、「事業者が供給し、又は供給を受ける商品又は役務の価格又は数量、取引に係る顧客・販路、供給のための設備等、制限されることによって市場メカニズムに直接的な影響を及ぼす、事業者の事業活動の諸要素」とされています。
独占禁止法上問題とならない行為 | 独占禁止法上問題となる行為 |
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データ共有 | |
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自主基準の設定 | |
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共同研究開発 | |
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共同購入 | |
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3. 取引先事業者の事業活動に対する制限・取引先の選択に係る行為
独占禁止法上問題とならない行為 | 独占禁止法上問題となる行為 |
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自己の競争者との取引や競争品の取扱いに関する制限 | |
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選択的流通(自社の商品を取り扱う流通業者に関して一定の基準を設定し、当該基準を満たす流通業者 に限定して商品を取り扱わせようとする場合、当該流通業者に対し、自社の商品の取扱いを認めた 流通業者以外の流通業者への転売を禁止すること) |
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単独の取引拒絶 | |
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4. 優越的地位の濫用
独占禁止法上問題とならない行為 | 独占禁止法上問題となる行為 |
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経済上の利益の提供要請 | |
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取引の対価の一方的決定 | |
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5. おわりに
本ガイドラインにおいて示された独禁法上の考え方自体は、従来の公取委のガイドライン等で示されてきたものに変更を加えるものではありません。もっとも、従来、これらの考え方が具体的な取組にどのように適用されるかは必ずしも明確ではありませんでした。特に、グリーン社会の実現に向けた取組という新しい分野については先例も乏しいため、「独禁法上問題とならない行為の想定例」と類似の取組の実施を検討したものの、独禁法上の懸念が否定できないことを理由に、実行に至らなかった例も少なくないのではないでしょうか。
本ガイドラインは、独禁法上問題となる行為の想定例を示すだけでなく、独禁法上問題とならない行為の想定例も具体的に示しており、同種取組を検討する事業者にとって参考になります。特に、適切な情報遮断措置等の例として、営業部門の担当者を含まない特別チームを設立し、各社の情報の当該チーム外への共有を制限し、やむを得ない場合には、情報に加工等を施した上で各社の管理部門のみに共有することが挙げられている点は、実務上、実施の検討に具体的に資するものです。このような情報遮断措置は、これまでの実務でもしばしば行われてきた措置ではありますが、本ガイドラインでも独禁法上問題とならない行為の想定例として挙げられたことから、今後さらに一般的な対応になることも見込まれます。
もっとも、各想定例は、独禁法上問題となるか否かの結論を導きやすいような要素をあえて事実関係として盛り込んだ問題設定となっているものも少なくありません。実際のビジネスの現場では、本ガイドラインを参考にしても独禁法上問題があるか否かの結論を導きにくい機微な取組が検討されることもあるでしょう。独禁法上問題となるか否かの判断は取組の具体的な設計や事実関係により左右される面も少なくありません。そのため、手戻りの少ない効率的な実施のためにも、検討の初期段階から独禁法上の問題が生じうることを想定して検討を進めることが肝要です。
また、世界に目を転じれば、欧州委員会や英国が、競争法関係のガイドラインを改正し、サステナビリティ実現のための競争者間の共同取組に対する競争法上の考え方を示す動きを見せています。サステナビリティへの取組及び競争法執行の双方に積極的な欧州において、サステナビリティと競争法の緊張関係に関する議論がどのような展開を見せるのか、引き続き動向が注目されます(なお、欧州委員会は、2022年3月、競争法の適用指針を示す「水平的協力協定に関するガイドライン」(「Guidelines on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements」)の改正案において、「Sustainability Agreement」という項目を新設し、グリーン成長に向けた競争者間の共同取組に対する競争法の考え方を示しました。当該改正案の発効時期が注目されていましたが、2023年7月1日付で発効することが明らかになりました。)。
海外でも事業を展開されている場合、日本国内事業のみならず海外事業も対象としたグローバルな取組を検討される機会も多いと思われます。このような場合には、日本の独禁法のみならず、各国競争法も意識して、俯瞰的に取組内容を検討する必要があります。「検討が煮詰まった段階で各国競争法上の問題の有無を確認したところ、問題が発見されたので取組の見直しが必要となった」という事態にならないよう、グローバルで共通の取組を検討する場合も、検討の初期段階から、各国競争法を踏まえて取組の内容を戦略的に検討する必要があります。
各国競争法に整合的な取組内容を検討するとともに、各国競争法に係るアドバイスが事業戦略の障害とならないよう、日本の独禁法に関するアドバイスのみならず、各国の競争法専門家をリードし、かつ、協同できる体制・経験を備えた外部専門家と共に戦略的に検討することが不可欠です。
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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