国際紛争(訴訟・仲裁)

【コラム】エネルギー関連仲裁:近時の動向と企業としての判断ポイント(2)

エネルギー関連仲裁
近時の動向と企業としての判断ポイント(2)

本コラムでは、ロンドン大学クイーンメアリー校の国際仲裁学部が2022年に実施したエネルギー仲裁調査(以下、「本調査」)の結果に注目しつつ、国際仲裁の未来、そして、企業として意思決定を求められるポイントについてお届けします。
(近時の動向と企業としての判断ポイント(1)はこちら

【国際仲裁の未来】

本調査では、国際仲裁を、より経済的で、使いやすく、かつ効率的な制度にするべく、どのような改善が考えられるか、回答者に尋ねており、以下にその結果をご紹介します。

最も回答の多かった提案は、手続の初期段階における、事件管理の効率化です。回答者の多くは、仲裁人が手続の効率化に対する責務を担っていると認識しており、一方当事者の遅延作戦を予防し、早期に争点を明確化するとともに、請求の簡易却下のための手続を設けることなどを期待しています。また、ビデオ会議システムを用いた審問期日や準備手続期日の活用も、同様に強く期待されています。

例えば、大手グローバル電力会社の法務部長の経歴と仲裁人としての経歴を持つ回答者によれば、陳述書や証人尋問を経ずに判断できる事項については近年、手続の初期段階で処理される傾向があり、仲裁人のそのような積極的な対応は、大規模なエネルギー関連の国際仲裁において、広く一般に望まれているとのことです。

また、より環境にやさしい仲裁(Greener Arbitration)キャンペーンは、仲裁コミュニティに炭素排出量を低減させるための対応を求めており、回答者に当該キャンペーンとして、どのような対応が望ましいか尋ねたところ(複数回答)、回答者の大多数は、会議及び審問期日におけるビデオ会議システムの利用(81%)、不必要な移動(特にフライト)の回避(69%)、審問期日における電子バンドル(66%)の利用拡大などがありました。

特に、代理人、仲裁人、及び証人が世界中から一か所の審問場所に集まる場合には、航空機から排出される炭素だけでなく、空港からホテル、審問場所までの移動に用いる自動車の排気ガスなど、移動だけで相当の炭素を排出することは想像に難くありません。

また、移動に要する費用を考慮すると、1回の審問期日に関係者が集まるために最低数百万円は必要となり、移動の距離・時間や人数によっては、一千万円を超えることも考えられます(例えば、期日を開催する施設の使用料、マイク・カメラ・モニターなどの備品使用料が必要となります。また、代理人や当事者が出張する場合には、その費用と仲裁人の出張費用も生じます。ICCの国際仲裁では、仲裁人の航空券はビジネスクラスまで使用可能であり、加えて宿泊を伴う出張中の日当は1日あたりUSD1,200とされています1)。

したがって、手続期日の実施方法ついては、ビデオ会議システムを用いた方が、環境負荷も経済的な負荷も圧倒的に軽い、ということになります。

【企業としての判断ポイント】

国際仲裁は、もともと当事者の過去の合意(多くの場合、関連契約書の仲裁条項)に基づき開始され、また当事者の合意した手続によって進行するという特性から、エネルギー関連紛争を含む国際仲裁に直面した際、企業としては、様々な判断に直面することになります。

また、裏を返せば、積極的に仲裁手続のデザインに参加することで、手続をコントロールすることができ、より迅速かつ経済合理的な方法で審理を進めることのできる可能性があるともいえます。

どの紛争解決方法を選択すべきか

自社が請求する立場である場合に、適用される契約書に仲裁条項が含まれていると、訴訟を提起しても、一般的には相手方から仲裁合意に基づく却下を求められることが予想されます。そこで、仲裁を申し立てるか、それとも相手方と他の解決方法を合意する方向で働きかけるのか、判断に迷う場面もあります。

特に建設工事に関する国際仲裁の場合には、争点が複雑であったり、専門家の関与が必要であったり、手続が長期化し、またその分費用も高額化する傾向があることから、仲裁判断を得た場合の回収可能性や、係争額との関係も踏まえて判断することが一般的です。2019年にロンドン大学クイーンメアリー校が実施した建築関係国際仲裁の調査によると、回答者の42%はUSD10,000,000以下の係争事案については、手続コストとの兼ね合いから、仲裁の申立に、かなり高いハードルがあると見ているようです2

他方で、例えばICC仲裁規則による仲裁の合意が2021年1月1日以降に締結された契約に含まれる場合に、請求額がUSD3,000,000以下であれば簡易仲裁手続によって、早期かつ、より経済的に仲裁判断を得ることも有力な選択肢となります。

仲裁廷の構成にどの程度関与すべきか

仲裁人選任段階にあっては、仲裁人の選任にどの程度関与すべきなのか、また、そのために相手方にどのような合意を打診すべきかどうか、検討を要します。特に、前述の通り、仲裁手続を如何に迅速かつ経済合理的に進められるかは、仲裁人の力量にかかっている部分が大きく、事案に即して、適切な仲裁人を選任することは、非常に重要なポイントです。

この点、例えば、仲裁人が3名とされている仲裁合意を前提とする場合、一般的には、当事者双方が1名ずつ当事者選任仲裁人を選任し、第三仲裁人は、選任された当事者選任仲裁人が合意して決めるか、仲裁機関が指名する方法が一般的です。その際、例えば、一定の仲裁人の条件(準拠法が日本法の場合、日本の法曹資格を有しているなど)を合意しておくことも、その後の手続への影響を考えると合理的な場合もあります。

また、第三仲裁人の選任方法についても、仲裁機関に任せるのではなく、当事者選任仲裁人が数名の候補者のリストを作成して、当事者が点数をつけ、最高点の候補者から打診する方法で選ぶなど、手続について相手方と合意することも考えられます。

相手方と手続について、何をどのように合意するか

仲裁手続の最初の段階では、手続管理期日(Case management conference)という準備期日が設けられます。そこでは、手続的な事項を協議し、その協議を基に、Terms of Reference(仲裁の枠組みを定めた書面)とProcedural Order No. 1という手続規則、及び証人尋問を含む審問期日までのProcedural Timetableという審理計画が作成されます。

なお、審理計画では、1年以上先の審問期日まで予定が決まることが一般的ですが(多忙な仲裁人と代理人のスケジュールを押さえてしまうため)、遵守されることが原則です。その結果、国内訴訟のように、五月雨式に何度も主張と反論が繰り返されることは予定されておらず、予め定まった回数の書面が交わされ、審問期日に証人尋問が実施され、必要があれば最終の主張書面が出されて審理が集結することが予定されています。したがって、審理期間と、(例外的な場合を除き)仲裁判断に対する不服申し立てができないことに鑑みると、仲裁手続の方が訴訟より早期に最終判断を得ることができるのが一般です(ただし、国内訴訟の場合には、手続内和解により、早期に解決される場合もあります)。

前述の通り、国際仲裁手続は当事者間の合意によって手続もデザインされるため、例えば、審理を責任論と損害論に分けるのか、仲裁合意の有効性と本案で分けるのか、専門家証人による意見書を求めるか、翻訳・通訳の範囲をどうするか、その費用負担をどのように定めるのか、書面を交わす回数を何回にするか、書面の長さに上限を設けるか、準備期間の長さを何日にするか、審問期日はビデオ会議システムで実施するかなど、様々な点で手続の合理化(省力化)を工夫することが可能です。

【まとめ】

国際仲裁は、今後もエネルギー分野を含め、様々な業界・分野の紛争を解決する手段として、特にクロスボーダー紛争においては、広く用いられることが予想されます。当事者の合意に基礎を置く紛争解決手段として、今後も時代の流れに応じて、柔軟かつダイナミックに様々な発展をしていくことが期待される、可能性に富んだ手続です。

国際仲裁の利用者である企業としては、そのようなダイナミズムの中で、より効率的な解決を得るべく、積極的に手続の形成に参加することが望まれます。


1 NOTE TO PARTIES AND ARBITRAL TRIBUNALS ON THE CONDUCT OF THE ARBITRATION UNDER THE ICC RULES OF ARBITRATION 32頁
2 International Arbitration in Construction

(執筆担当者:松本


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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松本 はるか
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