【コラム】中国独禁法の概観と近時の改正動向
中国独禁法の概観と近時の改正動向
近時、食べログによるアルゴリズム変更が優越的地位の濫用にあたるとした東京地裁判決[1]や、パナソニックによる新たな家電販売スキームの導入に関する報道[2]等、独占禁止法をまつわる話題が世間の注目を集めていますが、これは、日本国内のトレンドに止まりません。
本年5月6日、中国全人大の立法工作計画が公表され、独占禁止法(『中华人民共和国反垄断法』)の改正案を含む15の法律改正案を審議する意向が示されました[3]。
本コラムでは、中国の独占禁止法(以下「独禁法」といいます。)の基本的な内容を俯瞰するとともに、現在審議されている改正案の関連箇所については、改正の方向性についてご説明します。
中国の経済法体系は大きく、市場規制法とマクロ規制法の二分野に分けることができます。独禁法は、前者の市場規制法に属します。
独禁法が規制する対象行為は、企業及び行政が行う独占行為です。規制当局は、独占禁止委員会と、独占禁止法執行機関としての国務院の市場監督管理総局(SAMR)及び各省の市場監督管理局です。独占禁止委員会は、競争政策の策定、市場における競争状況の調査・公表、ガイドラインの策定、法執行業にかかる調整等を行い、執行は、独占禁止法執行機関である国務院の市場監督管理総局や、その権限の一部を授与された各省の市場監督管理局が行います。
独禁法において、当局が規制対象としている独占行為には、独占的協定、市場支配的地位の濫用(日本法における「優越的地位の濫用」の類似概念)、事業者集中(日本法における「企業結合規則」に近い)、行政権力濫用による競争の排除、制限する行為の4類型が挙げられます。以下、それぞれについて概観します。
1. 独占的協定
現行独禁法13条は、競争関係にある事業者同士が一定の独占的協定を締結することを禁止しています。例えば、商品の価格を固定するカルテル合意等がこれにあたります。
これらの独占的協定は、必ずしも書面によって裏付けられる必要はなく、口頭での合意等でも成立しうるとされています。また、独占的協定には、「横の独占的協定」と「縦の独占的協定」があり、横の独占的協定の典型例は、価格カルテル合意です。縦の独占的協定としては、2013年の茅台酒(マオタイ)のケースが有名です。茅台酒のケースでは、茅台酒の製造商が第三者に対する転売の最低価格を固定したことに対し、貴州省物価局が、当該行為を縦の独占的協定であると認定し、行政処罰を下しました。その結果、当該商流における固定価格は撤廃され、茅台酒の各代理販売店は、市場状況に応じて自ら売価を設定できるようになりました。
なお、協定が、独禁法13条の定める独占的協定に該当する場合であっても、独禁法15条に定める例外に該当することを、事業者が証明できた場合には、違法とはならないものとされています[4]。これらの例外事由には、社会公共の利益の実現や、外国との貿易・対外経済協力における正当な利益の保障等が挙げられているのが特徴的です。
独禁法に違反して独占的協定契約を締結した事業者は行政罰と民事責任を負う可能性があります。今般の独禁法改正案では、この行政罰における罰金の上限が、下記の通り引き上げられる方向で審議が進んでいます。
- 事業者間で独占的協定が締結されかつ独占的協定が実施された場合、前年度の売上高の1-10%又は500万元以下の罰金。但し、著しく悪質である場合等には、2,500万元以下の罰金。(現在は前年度の売上高の1-10%の罰金)
- 事業者間で独占的協定が締結されたが、それが実施されなかった場合、300万元以下の罰金。但し、著しく悪質である場合等には、1,500万元以下の罰金。(現在は50万元以下の罰金)
- 事業者間に独占的協定が締結されたことに関して個人の責任が認められた場合、それぞれ個人に100万元以下、事業者に500万元以下の罰金。(現行法の下では規定なし)
事業者が独占的協定の実施を停止することを約束した場合、当局は調査をいったん中止し、経過観察(「听其言観其行」)となり、一定の観察期間の後に、当事者が当該実施行為を確かに停止したときには、調査を終了することができます。
これらに加えて、業界団体が組織的に、事業者同士の独占的協定の締結を進めた場合、改正案では最高1,500万元以下の罰金ないし協会の登記の抹消が規定されています。
民事責任としては、当該独占的協定は無効とされ、損失を受けた他者は、当該独占的協定を締結し実行した事業者に対して損害賠償責任を追及することができることになりますが、この場合には、立証責任の転換がなされ、事業者側が多くの点について、立証責任を負うことになります。
2. 市場支配的地位の濫用
市場支配的地位の濫用の要件は、(1)企業あるいは事業者が市場支配的地位を持つこと、及び、(2)市場支配的地位を持つ企業がかかる地位を濫用したことの二つです。
- 市場支配的地位
市場支配的地位があるかどうかを判断するときには、当該事業者が置かれる関連市場の競争状況、他事業者によるマーケットアクセスの難易度、当該事業者による販売市場や原材料調達市場を制御する力の強さ等の要素が考慮されます[5]。そして、実務上、これらの要素を定量化することが難しい場合、事業者の市場シェアによって推定されることになります。
具体的には、- 関連市場において1社で2分の1以上の市場シェアを持つ事業者
- 関連市場において2社合計で3分の2以上の市場シェアを持つ事業者
- 関連市場において3社合計で4分の3以上の市場シェアを持つ事業者
は、市場支配的地位を持つと推定されます[6]。
但し、上記b、cの場合、内1社の事業者の市場シェアが10分の1以下の場合には、当該事業者の市場支配的地位は推定されません。
- 濫用行為
中国独禁法17条は、濫用行為として7つの行為類型を規定しています。例えば、不当廉売、不当な取引拒否、不当な抱き合わせ販売、取引条件の差別的待遇等です[7]。
市場支配的地位の濫用が認められた場合、当局は違法行為の中止を命じ、違法所得を没収し、前年の売上高の1%以上10%以下の罰金を科すことができます[8]。近年、インターネットサービス業界に多くの事例が見られます。2021年には、大手オンライン小売プラットフォームを営む企業が、出店者に対して不当な取引制限等を行ったとして、当時の国内売上高の4%に相当する約3,000億円もの多額の罰金が課されました[9]。これは、建国以来最大の行政罰金ともいわれています。
加えて、現在審議中の改正案には、市場支配的地位にある事業者が、データやアルゴリズム、プラットフォームルール等を利用して他の事業者に不合理な制限を課すことを濫用行為の一環として明示する規定が含まれており、当局は、巨大IT企業への規制強化を図ろうとしていることがうかがえます。
3. 事業者集中
事業者集中とは、いわゆる企業結合に関する規制です。
当局が事業者集中を審査するとき、主に事業者の運営状況、事業者の市場シェアと市場制御能力、関連市場の状況、市場の集中度の高さ等の要素を考慮します。これは、企業間の合併又は協業が国民生活や消費に大きな影響を及ぼさないようにするためです。
国務院の定める基準に達した事業者集中については、当局に対して予め届出をしなければなりません。今回の改正案は、欧州の“stopping the clock”制度を取り入れ、「必要な書類や情報が提出されず、審査ができない」場合、「事業者集中の審査に重大な影響を与え、確認が必要な新たな事情や事実が生じた」場合、「さらなる審査が必要な制限条件を追加し、経営者が同意した」場合等には、当局が審査の期間を停止することができると規定されています。この制度が導入されると、届出自体を再提出しなければならなくなる事態を防ぐことはできますが、総じて審理期間が長引くのではないかとも懸念されているところです。今後の改正法案の審議の行方や改正法下での当局の運用を中止する必要があります。
なお、2021年には、ライブ配信プラットフォームの「斗魚」と「虎牙」の合併が審査の対象となりましたが、当局は、かかる合併は、違法な事業者集中に該当するとして、合併を承認しませんでした。
4. 行政権力濫用による競争の排除、制限する行為
行政権力濫用による競争の排除、制限する行為とは、行政機関や公共事務機能を持つ組織が、行政権力を濫用し、地域外の商品について差別的な価格を設定することや、地域外の商品に過度な規制を課すことで当地の市場への参入を制限すること等が挙げられます。過去には、二つの地方政府が、自動車販売をめぐり、互いに公文書を通じた論争を繰り広げるというようなこともありました。
このように、行政権力に対しても、独占禁止法による規律が導入されていることは、中国独禁法の非常に特徴的な側面であるといえます。
近時のオンラインサービスの急速な発展により、国民経済への影響力も増大する中、今回の中国独禁法改正案は、新たな規制内容を追加するとともに、罰金の上限額を大幅に引き上げ、欧州に習った執行制度を整備する等、巨大IT企業の規制を意識した内容となっていることに注意を払うべきです。
[1] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE1149R0R10C22A6000000/
[2] https://toyokeizai.net/articles/-/597452
[3] 全国人大常委会2022年度立法工作计划
http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202205/40310d18f30042d98e004c7a1916c16f.shtml
[4] 中国独禁法(『中华人民共和国反垄断法』)第15条
[5] Ibid. 第18条
[6] Ibid. 第19条
[7] Ibid. 第17条
[8] Ibid. 第47条、修正案では、著しく悪質の場合、特に悪い影響を与える場合や特に重大な結果をもたらした場合、1−10%の5倍の罰金を処します。
[9] https://www.samr.gov.cn/xw/zj/202104/t20210410_327702.html参照
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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