【コラム】米国における垂直統合に関する審査の厳格化 – 連邦取引委員会の積極的な姿勢
米国における垂直統合に関する審査の厳格化
連邦取引委員会の積極的な姿勢
今年の2月に、米国の反トラスト法規制上の問題を理由に、ソフトバンクグループは、傘下の英国大手半導体チップ設計会社のArm Ltd.を世界的な半導体チップ製造者であるNVIDIA Corporationに売却する計画を中止すると発表しました。従来、米国の競争法実務においては、垂直統合に関して、サプライチェーン内の別工程に位置する企業や資産を対象とし、競争法上の懸念が少ない傾向があることを理由に、ある程度緩やかな取扱いがされてきました。しかし、昨年、連邦取引委員会(以下「FTC」)は、3件の垂直統合案に対して異議を申し立て、そのうち2件(NVIDIA/Arm案件を含む)は、後に規制上の問題を理由に断念されました。FTCの異議申立てを受けて当事者が垂直統合を断念したのは約20年ぶりのことです。
本コラムでは、(1)米国当局の垂直統合に関する方針の進展、(2)上記3件の垂直統合案に対するFTCによる異議申立て、及び(3)垂直統合を検討する企業や滞在的な合併により損害を受け得る市場参加者への影響についてご説明します。日本企業が米国で垂直統合を検討する場合、バイデン大統領政権下で垂直統合が争点となるリスクが高まっており、状況の変化に注意する必要があります。
1. 競争法改革
2021年7月、バイデン大統領は米国経済における競争促進に関する大統領令を発しました。これは、企業統合に伴う弊害、競争の低下、及び米国の消費者、労働者、農家又は中小企業に損害をもたらすと当局が認定した競争法上の問題に対処するための72のイニシアティブを定めています。大統領令は、反トラスト当局に対し、垂直・水平統合ガイドラインの改訂の要否を検討するよう求めました。これを受けて、2021年9月、FTCは、2020年にFTCと米国司法省(以下「DOJ」)が共同で発表した垂直統合ガイドライン(以下「ガイドライン」)に従わないことを発表しました。ガイドラインはFTCとDOJによる垂直統合に関する分析方法や執行方針を示したものでした。
FTCは、ガイドラインには「法律や市場の実態に即さない不合理な経済理論」が含まれており、「企業や裁判所が不完全な方針によることを防ぐため、ガイドラインの承認を撤回する」としています。FTCによる発表に続き、DOJもガイドラインを評価し直すことを発表しました。2022年1月、FTCとDOJは、共同で、新しい垂直統合ガイドラインの策定に向けて、パブリックコメントを募集することを発表しました。FTCとDOJは、2022年後半に新しいガイドラインを共同で発表するようです。
2. 最近の垂直統合に対する異議申立て
Illumina Inc./GRAIL
2021年3月、FTCは、ライフサイエンス企業のIlluminaによる、癌の検出検査の製造者であり、Illuminaの取引先でもあるGRAILの買収提案(71億米ドル)に異議を申し立てました。FTCは、Illuminaが多発癌の早期発見のために重要なDNAシークエンシング技術を提供する唯一の企業であるため、買収により、多発癌の検出検査の市場における競争を実質的に阻害する上に、FTCは、買収により、IlluminaがGRAILの競合他社に請求する価格を引き上げ、GRAILの技術に対抗し得る製品開発を妨げると主張しました。この買収提案についてはFTCによる審査が係属中です。また、EUも、複数の加盟国からの勧告を受け、この買収提案を審査しています。
NVIDIA Corporation/Arm Ltd.
2021年12月、FTCは、NVIDIAによるソフトバンクグループからのArmの買収提案(400億米ドル)に異議を申し立てました。異議申立ては、日本、中国、韓国、EU、英国を含む多数の国による買収提案の審査の最中に行われました。FTCは、プロセッサーの設計やライセンスを行うArmが、「CPU製造技術の事実上の業界標準」であるマイクロプロセッサーの開発や設計に関する重要な知的財産を支配していると主張しました。また、FTCは、Armの技術は重要であるため、買収により、競合他社による必要な知的財産へのアクセスを妨げ、競合他社のコストを引き上げ、半導体市場におけるNVIDIAの競合他社に不利益を与え得ると述べました。さらに、買収により、世界的な半導体チップ製造者であるNVIDIAに、NVIDIAの競合他社であるArmのライセンシーに関する競争法上の重要な情報へのアクセスを認めることによって、競争を阻害すると論じました。2022年2月、当事者は「重大な規制上の異議申立て」を理由とする取引の中止を発表しました。
Lockheed Martin Corporation/Aerojet Rocketdyne Holdings Inc.
2022年1月、FTCは、Lockheedによる、米国で唯一の重要なミサイル部品の独立した供給元である、Aerojetの買収提案(44億米ドル)に異議を申し立てました。FTCによると、これは「防衛関連の統合に対して数十年ぶりになされた異議申立て」でした。FTCは、買収により、世界最大の防衛関連企業であるLockheedによる様々なミサイルシステムの重要な部品の管理が可能となり、Lockheedが競合他社による部品の入手を制限する動機や能力を得ると主張しました。さらに、FTCは、AerojetがLockheedの競合他社に関する競争法上の重要な情報を自社に有利に利用でき、その結果、国家安全保障にとって重要な兵器システムの値上げや品質及びイノベーションの低下がもたらされると述べました。FTCによる異議申立ては、米国国防総省が最近発表した、防衛産業基盤の更なる統合への監視強化を勧告する報告書の内容に適合しています。2022年2月、当事者はFTCによる異議申立てを理由に取引を中止しました。
3. 重要なポイント
上記3件の事例は、バイデン大統領政権の反トラスト行動の一貫であり、テクノロジー分野だけでなく、医薬品、農業、ヘルスケア、金融等の産業における競争力の集中が、消費者や労働者に損害を与え、経済成長を阻害しているという懸念が高まっています。従来はマークアップの重複を排除し価格の低下をもたらす等の競争促進効果があるとされてきた垂直統合が、今後はより厳しい審査の対象となる可能性があります。上記3件の事例は、FTCが、買収により、サプライチェーンの川下企業への部品の供給の制限、値上げや品質低下等の部品の提供条件の悪化が起こり得ないかに焦点を当てていることを示唆しています。
サプライチェーンにおける支配的な供給元と重要な川下企業との統合を検討する企業は、FTCによる審査や異議申立ての可能性を想定する必要があります。企業は、買収により競合他社による重要部品の入手を制限する動機や能力がなく、競合他社による値下げやイノベーションに対抗するためにデータへアクセスしないことを示す用意をするべきです。
また、企業は、FTCが過去にみられた行動的問題解消措置による解決に同意しない可能性を想定しなければなりません。上記3件の事例における当事者は、競合他社への正当な条件での供給に同意する、又はファイアウォールを構築する等の問題解消措置を提案しましたが、いずれもFTCに拒否されました。今後、FTCは、垂直統合に関して、競合他社を排除し得る重要な資産の切り離し等の構造的問題解消措置を重視することになり得ます。資産の切り離しは、買収後に起こり得る反競争的行為を防止するための非現実的かつ過度な解決策となり、垂直統合による重要な効果を損なう可能性があります。
規制上の異議申立てに直面する企業は、新しいガイドラインが発表されるまで、垂直統合に関する法的基準が明確でなく、垂直統合に関する分析方法や執行方針についての見解が分かれていることから、和解ではなく、訴訟の可能性を検討するべきです。
買収提案により影響を受け得る市場参加者は、米国や外国の規制当局への意見表明を検討するべきです。上記3件の事例における異議申立てにおいては、慣例通り、FTCは、買収提案の審査の一環として、海外の規制当局と調整し、競合他社から意見を募りました。垂直統合による効率化に懐疑的な見方が増え、執行方針が流動的であることを考えると、競合他社の意見が重要な意味を持ち、これにより、垂直統合の阻止に成功するかもしれません。
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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