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【コラム】海外拠点・子会社におけるワクチン接種の義務化に伴う法的検討

海外拠点・子会社におけるワクチン接種の義務化に伴う法的検討

世界の政府によるワクチン接種の義務化」で述べたように、政府によるワクチン接種の義務化は、医療機関や介護施設で働く人に限定されていることが一般的です。他方、アメリカ、イタリア、中国などの一部の国では、国民を対象とした包括的な命令が出されていますが、企業に対してワクチンポリシーの導入を義務付ける国は多くはありません。そこで、特に、日本企業が現地子会社などにおいてワクチン接種の義務化を実施する際には、現地の規制の最新情報を常に確認し、刻々と変化する規制に合わせて会社のワクチンポリシーを規定する必要があるため、導入前に考慮しなければならない要素について考察します。

アメリカ

アメリカの民間企業は、バイデン大統領の発表と、ファイザー社およびモデルナ社製ワクチンがFDAによって完全に承認されたことを受けて、ワクチン接種の義務化を発表し始めています。ワクチン義務化の合法性は、関連する雇用保護法の強さと明確な相関関係があります。

アメリカでは、雇用者に優しい雇用法と「at-will」雇用の普及により、民間企業による接種の義務化は大きな議論を呼んでいません。多くの法律家の間では、差別禁止法(性自認、性的指向、人種、宗教、民族、信条などに基づく差別を禁止)と労働組合との協定に違反しないことを条件に、民間企業がワクチンを義務付けることは法的に許容されるというコンセンサスがあります。

差別禁止法では、従業員が強い宗教的信念を持っている場合や、医学的な理由で予防接種を受けられない場合には、ワクチン接種義務が免除されます。ワクチン接種を義務付ける雇用主にとって、宗教的信念はおそらく従業員が訴える最も一般的な例外となるものと思われます。例えば、ワシントンDCでは、400人以上の消防士や救急医療従事者が、市が課したワクチン接種の義務化に対して宗教上の例外を申請しました。従業員が宗教的信念を理由に免除を受けるためには、単に個人的な信念から反ワクチンを唱えるだけでは十分ではなく、次のような高い基準を満たす必要があります。すなわち、従業員は、(1) 宗教的信念が純粋に保持されていることと、(2) 過去にそのような信念に基づいて一貫した行動をとってきたことを証明しなければならず、また、そのような宗教的信念は、過去に雇用主に伝えられていなければなりません。

労働組合との協定がある場合、ワクチンの接種を義務付けることは労働条件の重要な変更とみなされる可能性があり、仮にそのようにみなされた場合、労働組合の同意が必要となります。もっとも、労働組合は安全衛生政策に関する交渉権を放棄している場合があり、このような場合、雇用主は労働組合員に一方的にワクチン接種を義務付けることができます。

実務への適用

バイデン大統領のワクチン義務化は、従業員100人以上の民間企業を対象としていますが、いくつかの企業は独自の追加措置を実施しています。有名なところでは、Citigroup、Deloitte、New York Timesなどが、オフィスに戻る前にすべての従業員にワクチン接種を義務付けています。また、マクドナルド、マイクロソフト、ゴールドマン・サックス、ユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループなどの企業では、さらに一歩進んで、来客者や訪問者にもワクチンの接種証明を求めています。

また、すでに、ワクチン義務の遵守に違反した従業員を解雇している企業も存在します。例えばCNNは、ワクチンを受けずに出勤した3人の従業員を解雇しました。従業員が主張する宗教的信念や医学的根拠がない限り、関連する義務や解雇を法廷で争うのは難しいと思われます。

イギリス

イギリスでは、企業はワクチン接種を義務付けることに消極的です。このようなアメリカのアプローチとの違いは、イギリスの雇用法が従業員の権利をはるかに保護していることの現れであると考えられます。イギリスでは、従業員を理由なく予告なしに解雇することは認められません。雇用関係は通常、書面による契約によって規制されており、その契約には雇用関係の終了事由をはじめとする雇用条件が記載されています。予防接種を受けることが雇用契約における既存の条件でなかった場合、雇用主は一方的に条件を変更し、従業員に予防接種を受けることを要求することはできません。そのため、予防接種を拒否した従業員からの訴訟リスクはアメリカよりも大きくなります。ただし、新たに入社する従業員に予防接種の義務を課す場合には、これが認められる可能性が高いと思われます。

イギリスの法律では、雇用者は労働安全衛生法に基づき、安全な職場を維持する義務があります。これは、COVID-19によって従業員がさらされるあらゆる危険性を軽減するための合理的な措置を講じるべきことを意味します。この義務に沿って、イギリス政府は、雇用主にワクチン接種方針を採用し、従業員にワクチン接種を勧めるよう助言しています。しかしながら、政府が「奨励」を促したからといって、義務化が認められたことにはなりません。現在、法律家や雇用主の間では、雇用主がワクチンポリシーを規定する際には、労働安全衛生法に基づく義務と反差別法の遵守とのバランスを取らなければならないというコンセンサスが存在しています。

民間企業によるCOVID-19ワクチンの義務化の合法性はまだ法廷で争われていませんが、ワクチン接種を義務化することが合理的な要求であると判断されるような限定的な場面では許容される可能性があります。ワクチン接種の義務化が状況に応じて合理的かどうかは、特定の職場が高リスクの職場といえるかどうかや、従業員が行っている仕事の種類といった事実に基づいて判断されます。この合理性の基準は、COVID-19関連の個人情報を収集する場面にも妥当します。雇用主が従業員の予防接種状況に関する情報を収集したい場合、予防接種データの収集は、特定の目的のために必要かつ関連性がなければなりません。

ワクチンの義務化の合法性はケースバイケースで評価される必要があるため、実際には、イギリス企業は(アメリカに比べてワクチン接種を躊躇する動きが少ないことに伴い)この法的なグレーゾーンであるワクチンの義務化を避けているように思われます。

日本

日本では、政府の権限が憲法上限定的であるため政府がロックダウン命令を出せないのと同様に、国民や従業員の権利に配慮した日本の法律のもとでは、地方自治体や民間企業がワクチン接種を義務化することは許容されないと考えられています。

また、菅前総理大臣は、「勧奨」そのものを禁じる法令はないが、政府としては、予防接種は国民が自らの判断で受けるべきものと考えていることを示しました。民間企業が従業員や取引先にワクチン接種の有無を尋ねたり、ワクチン接種証明を求めたりすることが直接禁止されるわけではありませんが、接種を受けていないことを理由として不利益な取扱いが行われることは適切ではないと示されています。

実際には、ソフトバンク、日産自動車、ANAなどの大手企業が、この「自らの判断」というメッセージを公にしています。十数社の企業が従業員にワクチン接種を勧めていますが、現在までのところ、従業員にワクチン接種を義務付けた大手企業はありません。最も大胆な措置をとったのは、日本最大級の外食企業であるワタミでした。ワタミは、従業員にワクチンの接種を要請し、接種を希望しない従業員には定期的にPCR検査を実施することを表明しています。ワクチンを接種した従業員やPCR検査で陰性となった従業員には、接種したことやPCR検査で陰性となったことを示すステッカーが貼られます。日本の他の企業が、「自らの判断」というアプローチから外れて、同様の大胆な措置を取るかどうかに注目したいと思います。 

日系企業の海外拠点・子会社への影響

上記のとおり、日本企業が国内で厳格なワクチンポリシーを導入することは許容されていませんが、海外に子会社を持つ企業がワクチンポリシーの導入を検討する場合にも、現地の規制の最新情報を常に確認し、刻々と変化する規制に合わせて会社のワクチンポリシーを検討する必要があります。グローバルに一律の企業方針では、ワクチンポリシーは機能しません。労働者保護のレベルが高い国では、ワクチンポリシーの導入は慎重に行う必要があります。これは、雇用主によるポリシーの規定は控えるべきだという意味ではありません。ワクチン接種を義務付けることが法的に許容されていない国であっても、ワクチン接種を直接義務付けないものの、ワクチン接種を間接的に促すポリシーを規定する対応が考えられます。例えば、従業員にワクチン接種を強く促したり、有給休暇、バウチャー、金銭などのインセンティブを提供することが考えられます。また、より安全な職場環境を促進するための一般的なルールを規定することも有効な手段です。例えば、従業員がワクチンの有効性などに関する誤った情報を広めないようにすることや、誤った情報を広めた従業員の懲戒手続を規定すること、従業員が紛争を避けるために同僚のワクチン接種状況を尋ねることを防止することが考えられます。企業は、職務の内容、オフィス環境、規模、文化などを考慮して各国の規制を検討し、当該規制に応じて適切なワクチンポリシーを規定する必要があります。

(執筆担当者:グリアー中田


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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