【コラム】サステナブルファイナンスの1つとしてのサステナビリティ・リンク・ボンド
サステナブルファイナンスの1つとしての
サステナビリティ・リンク・ボンド
2050年までのカーボンニュートラルの実現に向けて、国内外の成長資金が日本企業の取組みに活用されるよう、金融機関や金融資本市場が適切に機能を発揮するための課題や対応案について検討する「サステナブルファイナンス有識者会議」が金融庁で設置される等、持続可能な社会を実現するための投資は今後ますます重要性が高まっていきます。
このような観点から、グリーンボンドやソーシャルボンドを発行する企業も増えてきていますが、これらのSDGs債は、調達資金の使途を環境改善効果のある事業(グリーンプロジェクト)や社会課題の解決に貢献するためのプロジェクトに限定して発行される債券であるという特徴があります。
他方、サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)は、調達資金を必ずしも特定の資金使途に限定する必要がなく、発行企業があらかじめ定めた時間軸の中で将来のサステナビリティに関する成果の改善にコミットし、重要な評価指標(KPI)とサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(サステナビリティ目標)の達成・未達成によって条件(主に利率)が変化する債券です。もっとも、サステナビリティ目標が未達の場合であっても、通常のローンの場合とは異なり、コベナンツ違反や期限の利益喪失事由とはならないのが一般的です。
海外では、2019年9月にイタリアの電力会社エネルが世界で初めてSLBを発行し、その後、シャネルやH&M、ノバルティス等がSLBを発行していますが、SLBが発行されるようになったのは世界的にもごく最近のことです。
<サステナビリティ・リンク・ボンドの特徴>
- 調達資金の使途の限定がなく、一般的な事業目的に利用可能であるため、上場・非上場にかかわらず、どの企業でも利用できる(例えば、シャネルは非上場会社)
- サステナビリティ目標の達成・未達成で利率といった条件が変化する(ただし、サステナビリティ目標の未達はコベナンツ違反や期限の利益喪失事由とはならないのが一般的)
サステナビリティ目標をどのように設定するかは発行企業のビジネスモデルやセクターによって異なりますが、発行企業の中長期的な企業価値の向上やサステナビリティ戦略と整合したものとなっていることが重要となります。他方、投資者保護の観点からは、適切なサステナビリティ目標が設定されているのかやその達成状況についての透明性・信頼性と情報開示が重要となります。
そこで、2020年6月、主に資本市場関係者が参加する国際的な業界団体である国際資本市場協会(ICMA)は、SLBについて透明性・信頼性と情報開示を促すため、ベストプラクティスとしての自主ガイドライン(SLB原則)を公表し、SLBの核となる以下の5つの要素についてのガイドラインを提供しています。
KPIの選定 | KPIは、事業に関する戦略に重要なもので、また、定量的かつ外部から検証可能なものであるべき |
サステナビリティ 目標の設定 |
サステナビリティ戦略と整合し、あらかじめ定めた期間内に達成の有無が判定される等、野心的なもので あるべき |
債券の特性 | サステナビリティ目標の達成に応じて、財務・ストラクチャーの特性が変化しうるものであること |
レポーティング | KPIのパフォーマンスに関する最新状況やサステナビリティ目標の達成状況等に関する情報を少なくとも 年に1回開示すべき |
検証 | サステナビリティ目標の達成状況について、第三者機関による検証を少なくとも年に1回受け、その内容を 開示すべき |
また、SLB原則は、SLBを発行するにあたり、SLB原則に適合・準拠していることについて第三者機関からセカンドオピニオンを取得することが望ましいとしています。これもSLBの透明性・信頼性を図るためのものであるといえます。
このように、グリーンボンド原則やソーシャルボンド原則と同様、SLB原則に適合・準拠した発行事例が蓄積され、金融商品としての透明性・信頼性が高まることで普及していくことが期待されるという状況のもと、日本でも、2020年10月にヒューリック、同12月に芙蓉総合リースがSLBを発行していますが、欧米を含め、SLBはグリーンボンドやソーシャルボンドほどの広がりを見せていないとの指摘もあります。
これは、発行企業がサステナビリティ目標を達成しなかった場合に利率が上がるという仕組みは、発行企業にとってはサステナビリティ目標を達成するインセンティブを高めるものではあるものの、投資家としては、SLBに投資しているにもかかわらず、サステナビリティ目標を達成しないほうがむしろ経済的には望ましいというジレンマを生じさせるものでもあることが一因であるとの指摘もあります。
このような投資家のジレンマを解消させるべく、2021年3月に野村総合研究所が発行したSLBでは、サステナビリティ目標を達成した場合、発行企業である野村総合研究所はその選択により早期償還することができる(利率が上がる前に社債を償還することができる)という仕組みにする工夫がなされています。また、投資家のジレンマを解消する工夫としては、このような早期償還のほかにも、サステナビリティ目標を達成した場合には利率が下げるという仕組みにすることも考えられます。
SLBが発行企業にとってESG要素を含む持続可能性や中長期的な企業価値の向上のために有効に活用され、また、投資家にとっても有益なESG投資となるような透明性・信頼性のある商品設計と情報開示がなされることで、SLBがサステナブルファイナンスの1つとして普及していくことが期待されます。
<日本企業が発行したサステナビリティ・リンク・ボンドの概要>
発行企業 | 概要 |
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ヒューリック | 【発行日】
2020年10月15日 【発行額】 100億円 【サステナビリティ目標】 1. 2025年12月31日までに、事業で消費する電力の100%再生可能エネルギー化を達成すること 2. 2025年12月31日までに、銀座8丁目開発計画における日本初の耐火木造12階建て商業施設を竣工 すること 【利率】 ・当初6年間(2020年10月16日から2026年10月15日まで)は年0.44% ・以後4年間(2026年10月16日から2030年10月15日まで)は、2026年8月31日において、サステナ ビリティ目標の1.と2.のいずれかが未達の場合、0.10%のクーポンステップアップ(利息の上乗せ) が発生 【SLBとしての適合性】 環境省とその請負事業者(日本格付研究所及びイー・アンド・イーソリューションズ)により、本件SLB 発行のフレームワークが「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン 2020年版」及びICMAのSLB原則に適合することが確認された旨を環境省が公表 【検証等】 ・サステナビリティ目標の1.と2.の達成状況について、2026年8月に第三者機関によりその達成状況を 開示 ・2025年にサステナビリティ目標の1.を達成した場合、その後償還期限まで維持 ・維持状況については第三者機関から検証報告書を毎年8月に取得のうえ、開示 ・ただし、本件SLBの発行時点で予見し得ない状況によりサステナビリティ目標の1.の維持が一時的に 困難となった場合、検証報告書を通じ、維持困難となった状況の説明と以後の改善策を開示 |
芙蓉総合リース | 【発行日】
2020年12月24日 【発行額】 100億円 【サステナビリティ目標】 1. 2024年7月31日までに、芙蓉総合リースグループ消費電力の再生可能エネルギー使用率を50%以上 とすること 2. 2024年7月31日までに、「芙蓉 再エネ100宣言・サポートプログラム」及び「芙蓉 ゼロカーボン シティ・サポートプログラム」の累計取扱額を50億円以上とすること 【利率】 ・当初4年間(2020年12月25日から2024年12月24日まで)は年0.38% ・以後3年間(2024年12月25日から2027年12月24日まで)は、2024年7月31日において、サステナ ビリティ目標の1.と2.のいずれかが未達の場合、0.10%のクーポンステップアップ(利息の上乗せ) が発生 【SLBとしての適合性】 環境省とその請負事業者(日本格付研究所及びイー・アンド・イーソリューションズ)により、本件SLB 発行のフレームワークが「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン 2020年版」及びICMAのSLB原則に適合することが確認された旨を環境省が公表 【検証等】 ・2024年7月までにサステナビリティ目標の1.と2.を達成した場合、その後償還期限まで維持 ・維持状況については第三者機関から検証報告書を毎年10月に取得のうえ、開示 ・ただし、期中において予期し得ない状況によりサステナビリティ目標の1.の維持が一時的に困難と なった場合、検証報告書を通じ、維持困難となった状況の説明と以後の改善策を開示 |
野村総合研究所 | 【発行日】
2021年3月26日 【発行額】 50億円 【サステナビリティ目標】 1. 2030年度の野村総合研究所グループの温室効果ガス排出量を2013年度比で72%以上削減すること 2. 2030年度に、データセンターにおける再生可能エネルギー利用率を70%以上とすること 【利率】 ・当初10年6か月間(2021年3月27日から2031年9月30日まで)は年0.355% ・以後1年6か月間(2031年10月1日から2033年3月31日まで)は年0.811%にステップアップ 【期限前償還】 サステナビリティ目標の1.と2.の双方を達成したと2031年7月31日までに野村総合研究所が判定した 場合、2031年9月30日に期限前償還することができる 【SLBとしての適合性】 本件SLBを発行するにあたり、ICMAのSLB原則に沿ったものであることについて、格付投資情報セン ター及びVigeo Eirisからセカンドオピニオンを取得 【検証等】 ・最終判定日までの間、少なくとも年1回、第三者機関より、野村総合研究所グループの温室効果ガス 排出量及びデータセンターの再生可能エネルギー利用率の数値について保証報告書を取得のうえ、野村 総合研究所グループのESGデータブック及びウェブサイトで開示 ・判定対象期間のサステナビリティ目標の達成状況の確認を独立した第三者に委託し、その確認結果 を公表 |
(執筆担当者:関本)
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