M&A(企業買収等)

【コラム】対等統合(Merger of Equals)の留意点

対等統合(Merger of Equals)の留意点

事業再編において、統合比率が同じでなくても対等統合として合併等の経営統合が行われることは実務上少なくありませんが、実質的にはいずれかの当事者による買収である場合(あるいはそのように受け止める当事者がいる場合)、想定外の出来事が起こることもあります。合併契約の締結後、競争当局からクリアランスを取得できなかったことにより破談となっただけでなく、互いに損害賠償請求訴訟を起こすという事態にまで発展した米国の事例から、対等統合における留意点を検討します。

事案の概要は以下のとおりです。

  • 2015年7月、米国の医療保険会社2位のアンセムと同5位のシグナは、アンセムがシグナを総額542億ドルで買収する合併契約を締結したことを公表
  • 合併契約には統合会社のガバナンスについて以下の事項が定められていた
    • 統合会社の取締役会は、アンセムが指名する取締役9名、シグナが指名する取締役5名の合計14名で構成する
    • アンセムのCEOが統合会社の取締役会議長となる
    • アンセムが指名する取締役が統合会社の筆頭取締役(※経営陣との連絡・調整の中心的役割を果たす独立取締役)となる
    • アンセムのCEOが統合会社のCEOとなる
    • シグナのCEOが統合会社の社長兼COOとなる
    • アンセムの本社所在地を統合会社の本社所在地とする
    • 統合会社の商号はアンセムのままとする
  • シグナは本件合併が対等統合であると考えていたが、アンセムはそのようには考えておらず、実質的にはアンセムによるシグナの買収であるとして統合準備を進めていた
  • シグナはアンセムが統合会社の主導権を握ることに不満を持ち、本件合併を阻止するために以下の行動をとった
    • ひそかに起用したコミュニケーション戦略会社と共同で、「本件合併は反競争的、反消費者、反革新的である」といったコミュニケーション・キャンペーンを展開
    • アンセムが統合会社を主導するチームの選定プロセスを開始したことに対し、統合計画プロセスへの協力を拒否
    • アンセムのコンサルタントやエコノミストに情報提供を行わず、競争当局からクリアランスを取得するための対応を積極的に妨害
  • 2016年7月、米国司法省等は、競争法の観点から本件合併に問題があるとして、米国連邦地方裁判所に差止めの訴えを起こす
  • 2017年2月、米国連邦地方裁判所は米国司法省等の訴えを認め、本件合併を差止め(2017年4月、米国連邦控訴裁判所も差止めを支持)
  • 2017年2月、シグナは、合併契約の解除を試みるとともに、アンセムが合併契約に定められた義務に違反していたとして、アンセムに対して130億ドルの損害賠償と18億5,000万ドルのリバース・ブレークアップ・フィーを求めてデラウェア州衡平裁判所に提訴
  • アンセムは、シグナが競争当局からクリアランスを取得することを妨げることで本件合併を完了させるために合理的に最大限の努力を尽くすという義務等に違反していたとして、シグナに対して200億ドルの損害賠償を求めて反訴

このような事実関係のもと、2020年8月、デラウェア州衡平裁判所は、以下のとおり判断し、アンセムとシグナのいずれの請求も認めませんでした(In re Anthem-Cigna Merger Litigation(Del. Ch. Aug. 31, 2020))。

  1. シグナは合併契約に定められた努力義務(競争当局からクリアランスを取得することを含め、クロージングの前提条件を充足し、本件合併を完了させるために合理的に最大限の努力を尽くす義務)等に著しく重大な違反をしているものの、シグナが努力義務等を尽くしたとしても競争当局からクリアランスを取得できなかったであろうから、アンセムによるシグナに対する損害賠償請求は認められない
  2. アンセムは合併契約に定められた努力義務等に違反していないため(あるいは少なくとも意図的に努力義務等に違反するような行動はとっていないため)、シグナによるアンセムに対する損害賠償請求は認められない
  3. シグナが合併契約の解除権を有効に行使する前に、アンセムがリバース・ブレークアップ・フィーを発生させることのない事由(シグナの契約義務違反)に基づいて合併契約を解除していたため、シグナによるアンセムに対するリバース・ブレークアップ・フィーの請求は認められない

本事案は極端な事例ではありますが、対等統合を行うにあたっていくつかの教訓が得られます。

1. 損害賠償額の予定条項

まず、アンセムによるシグナに対する損害賠償請求が認められなかったのは、シグナの行為とアンセムの損害との間に因果関係が認められないと裁判所が判断したことに鑑みると、M&A契約に損害賠償額の予定条項を定めておくことはその1つの解決策といえます。

実務上、ブレークアップ・フィー(M&A契約が解除された場合に売主が買主に対して支払う違約金)やリバース・ブレークアップ・フィー(M&A契約が解除された場合に買主が売主に対して支払う違約金)を「唯一かつ排他的な救済手段」と定めることで、一種の損害賠償額の予定とし、一方で、「買主又は売主が意図的にM&A契約に違反した場合には排他的救済手段とはしない(ブレークアップ・フィー又はリバース・ブレークアップ・フィーに加えて損害賠償請求を行うこともできる)」と定めることも少なくないところです。

本事案は、競争当局からクリアランスを取得するといった、M&Aの当事者以外の第三者の判断等がクロージングの前提条件となっている場合において、因果関係の立証の観点から、意図的にM&A契約に定められた義務に違反してM&Aの実行を妨げられることに備え、ブレークアップ・フィーやリバース・ブレークアップ・フィーとは別に損害賠償額の予定条項を定めておくことも検討に値することの例証となるものといえます。

2. 規制当局との戦略対応に関する条項

また、対等統合の場合であっても、競争当局等の規制当局からクリアランスを取得するハードルが高い事案では、規制当局に対して提案する問題解消措置の内容等について買主と売主の間で意見が相違したといったときにいずれの当事者の選択・判断を優先させ、クリアランス取得手続の主導権(決定権限)を有するかをあらかじめ定めておく(他方で、戦略対応についての決定権限を有しない当事者は、規制当局とのコミュニケーションや協議に関与はできるようにしておく)ことが重要です。

※なお、本事案において、デラウェア州衡平裁判所は、一方の当事者に規制当局との戦略対応についての決定権限が与えられている場合、他方の当事者は、たとえ協議権が与えられていたとしても、原則として、決定権限を有する当事者の戦略に従う義務があるとしています。

3. 対等統合の留意点

以上の契約上の手当てにもまして留意すべきは、対等統合とはいうものの、実質的にはいずれかの当事者による買収である場合(あるいはそのように受け止める当事者がいる場合)、M&A契約締結後の統合準備において、両者の見解・期待の相違により、深刻な対立が生じる可能性があるということです。

このため、対等統合を行う際は、センシティブな問題であるからと先送りにするのではなく、統合後の会社の代表者、取締役会の構成や組織体制等に関する重要な問題を特定し、その内容や統合準備プロセスをM&A契約に定めておくことが望ましいといえます。

もっとも、本事案でも合併契約においてこれらの内容が一定程度定められていたものの、シグナのCEOは、合併契約に署名した直後、同僚に対し、「頭ではイエスと分かっているが、心が重い」、「まだ受け入れられずに苦労している」と伝えたとされ、今後は自分が強力なリーダーシップを発揮できなくなることを真に受け入れることができなかったことがその後の破談へとつながっていきました。

対等統合はかくも難しい側面を持つものであることにも留意する必要があることを本事案は物語っています。

(執筆担当者:関本)


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