【コラム】米国の裁判例から考えるCGコード再改訂を見据えたモニタリング型ボードにおける取締役の監督義務
米国の裁判例から考えるCGコード再改訂を見据えた
モニタリング型ボードにおける取締役の監督義務
2020年12月18日に公表された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意見書(5)は、我が国を代表する企業の市場として高い水準のガバナンスが求められるプライム市場の上場企業に対し、独立社外取締役の3分の1以上の選任を求めるべきであり、さらに、それぞれの経営環境や事業特性等を勘案して必要と考える企業には、独立社外取締役の過半数の選任を検討するよう促すべきであるとしており、今後、日本において、取締役会が経営陣による執行の監督を行うモニタリング型ボードとしての役割を果たすことがより求められるようになります。
米国では、上場会社は取締役会の過半数が独立社外取締役で構成されていることや、独立社外取締役のみで原則構成された監査委員会、指名委員会及び報酬委員会を設置することが上場ルールで求められており、独立社外取締役が主体となって経営陣の執行の監督を行うモニタリング型ボードが一般的です。
そこで、モニタリング型ボードが一般的に採用されている米国において、どのような場合に取締役の監督義務(信認義務)違反が問われることになるのかは、今後、日本でモニタリング型ボードが広く採用されるようになった際の参考になると考えられます。
この点、米国のデラウェア州では、株主が取締役の監督責任を問うためには、以下のいずれかが必要とされています。
- 取締役が完全に報告・情報のシステム・コントロールの構築を怠ったこと
- 1. のシステム・コントロールを構築しているものの、取締役が意識的に業務についての監視・監督を怠ったこと
より具体的には、1.「完全に報告・情報のシステム・コントロールの構築を怠った」といえるためには、「監査委員会やその他の重要な監督機構が完全に欠如していたこと」や「監査委員会が形式的には存在していても開催されていなかったこと」が必要とされています。裁判所は、報告システム(内部統制システム)をどのように構築するのが最善かについて取締役に広い裁量を認めており、「報告システムに欠陥があること」や「取締役会が適切な管理体制を整えていなかったこと」だけでは十分ではないと考えているということです。
また、2.「意識的に業務についての監視・監督を怠った」といえるためには、「法令に違反する一連の決定に取締役が実際に関与していること」、あるいは、「違法であることを知りながら取締役が意識的に行動しなかったこと」、すなわち「危険信号(red flags)を無視していたこと」が必要とされています。
このように、米国では、株主が取締役の監督責任を問うことは、「原告が判決を勝ち取ることを望む可能性のある会社法の中で最も困難な理論」とされ、現実にも、裁判所は株主による請求をほとんど認めてきませんでしたが、In re Clovis Oncology, Inc. Derivative Litigation (Del. Ch. Oct. 1, 2019)では、上記2.について、この困難な主張責任を原告が果たしており、ディスカバリー手続に進むことができるとされました。
本事案の概要は以下のとおりです。
- 2014年2月、NASDAQに上場するバイオ製薬会社であるClovis社は、3つのパイプラインのうち、最も有望であった肺がん治療薬の臨床試験(フェーズ2)を開始
- 臨床試験が開始された当時、競合薬も米国食品医薬品局(FDA)の新薬承認手続を進めていたことから、Clovis社の取締役会では試験薬の開発状況と臨床試験の進捗状況について多くの時間を割いて議論が行われていた
- FDAの新薬承認手続では試験薬の奏効率(ORR:検査において有意な反応を示した患者の割合)が重要な意味を持つことから、Clovis社の取締役会は試験薬のORRを特に重視していた
- 2014年6月以降、Clovis社の取締役会は、検査において有意な反応が確認されなかったものもORRに含める等、経営陣が臨床試験プロトコルを厳格に遵守せず、ORRを不適切に計算していることを示唆する報告を複数回にわたり受けていた
- 2015年2月、Clovis社は、有意な反応が確認されなかったものを含めていることを明示することなく、高いORRを達成している旨のアニュアルレポート(訴えられている取締役等が署名しているもの)を公表
- 2015年6月、Clovis社の経営陣は、新薬承認手続において、FDAに対し、有意な反応が確認されなかったものが含まれていることを知らせることなく、高いORRを達成している旨を報告
- 2015年7月、Clovis社は、株式の売出しを行う際の目論見書(全取締役が署名しているもの)において、有意な反応が確認されなかったものが含まれていることを開示することなく、高いORRを達成している旨を記載
- 2015年11月、Clovis社は、新薬承認手続においてORRとして認められるのは有意な反応が確認されたもののみであるとFDAから伝えられたことから、試験薬の正確なORRを知らせるプレスリリースを公表したところ、同社の株価は70%下落
- 2016年4月、FDAは、試験薬の有効性や安全性についての具体的な証拠をClovis社が提示するまで新薬承認手続を延期することを決定し、Clovis社の株価はさらに17%下落
- 2016年5月、Clovis社は新薬承認申請を取下げ
デラウェア州衡平裁判所は、以下のとおり、原告は、取締役会が「危険信号を無視していたこと」について主張責任を果たしていると判断しました。
- 「会社の事業計画に内在する事業リスクのマネジメントについての監督」と「規制上の義務を含め、法令の遵守についての監督」の間には決定的な違いがあり、取締役に広い裁量が認められる前者と異なり、後者は監督責任の問題を生じさせやすいものである
- 会社の「ミッションクリティカル」な業務について極めて重い規制が課せられている場合、取締役の監督機能はより厳密に行使されなければならない
- 試験薬のORRを不適切に計算していたことを示す取締役会への複数の報告を含め、競合薬のORRに追いつくために経営陣が有意な反応が確認されていないものを含めた数値を報告していることを知っていたにもかかわらず、取締役会は何ら是正措置を講じなかったと推察するのが妥当
- したがって、原告は、「取締役会が臨床試験のプロトコルと関連するFDA規制を遵守していないミッションクリティカルな失敗についての危険信号を意識的に無視していたこと」について主張責任を果たしている
日本においては、内部統制システムに不備があることによって経営陣や従業員の不正行為が長年発見されずに放置され、会社の損害が拡大した場合には、具体的な不正行為の兆候を知らなかった取締役であっても、内部統制システムを整備していなかった、あるいは内部統制システムの不備を正さなかったということを理由に監督責任(任務懈怠責任)を問われる可能性があります。もっとも、内部統制システムとして不適正な業務が行われる可能性を完全に排除するような体制の整備までが求められているわけではなく、米国と同じく、どのような内部統制システムを整備するかについては取締役に広い裁量が与えられています。
また、内部統制システムを整備している場合であっても、ほかの取締役や従業員による業務執行の適正さに疑念を差し挟むべき事情を知った場合に、本事案のように、取締役がその危険信号を無視し、何らの是正措置を講じなかったときには、監督責任を問われる可能性が高いといえます。
この点、コーポレートガバナンス・コードは、上場会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上のため、取締役会が経営陣による適切なリスクテイクを支え、迅速・果断な意思決定を促すことを期待しており、取締役会が個々の業務執行に係る細かな事項についてまで報告を求め、監督を行うことを求めているものではありません。
そして、今後、取締役会がモニタリング型ボードとしての役割を果たすことをより求められることとなった場合、取締役会では、事業ポートフォリオマネジメントやサクセッションプラン、サステナビリティといった、経営方針の決定等についての議論により多くの時間を費やすことになり、一方で、業務執行の決定については経営陣に大きく委譲されることになることが想定されます。
もっとも、取締役は善管注意義務を負っていることから、どこまで経営陣の業務執行を監督しなければならないのかということは現実問題としては極めて重要です。本事案はその1つの参考になるものといえ、例えば、取締役の善管注意義務という観点からは、大きな枠組みとして、以下のプロトコルに基づいて業務執行の監督を行うことが考えられます。
- 事業の中心となる問題やリスク、適用される重要な規制へのコンプライアンスといった、会社にとってのミッションクリティカルな事項について定期的に洗い出しを行う
- それらについて「危険信号」が存在していないか、仮に存在しているのであればその進捗・直近の状況が適切に取締役会に報告されるプロセスとプロトコルを整備する
- 報告のあった「危険信号」について、審議・検討のうえ然るべく是正措置を講じる
取締役会がモニタリング型ボードとしてより機能することができるための実務上の取組みの参考になれば幸いです。
(執筆担当者:関本/執筆協力者:スチュードベーカー)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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