【COVID-19】ASEAN諸国における契約上の問題に関する戦略的な対応<後半>
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、ASEAN諸国で契約の履行が不可能又は困難になる事態が発生した場合の戦略的な対応について、今回は後半部分をお届けします。
前半では、契約上に不可抗力(force majeure)条項やMAC条項が定められている場合、法律上不可抗力による免責が認められる場合についてご紹介しました。
今回は契約や法律を根拠に主張できない場合でも、契約法理上の履行不能、契約目的の不達成などを理由に免責される場合について、また、COVID-19後の契約実務とM&Aの留意点について解説します。
下記のコラムは、マレーシアを中心にASEAN諸国に展開する法律事務所のネットワーク ZICO lawより提供いただいた情報を基に作成しております。
ASEAN諸国における契約上の問題に関する
戦略的な対応 <後半>
3. 履行不能、契約目的の不達成などを理由とした免責
- 法律上の不可抗力による免責
前半のコラムをご参照ください。 - 履行不能・契約目的の不達成の法理など
インドネシアとカンボジアを除くASEAN各国においては、事情の変更などにより契約上の義務の履行が不可能若しくは著しく困難になった、又は契約目的が達成できなくなった場合に当事者を契約上の義務から解放する契約法理(doctrine of frustration)が認められており、これらの契約法理による免責が可能かどうか、各国の要件を検討することも必要です。
例えば、コモンロー系のシンガポールでは、契約法理としてdoctrine of frustrationが認められていますが、裁判所は、予見可能性、当該契約の条項などの様々な事情を考慮の上、この契約法理を極めて例外的に適用する傾向にあります。ただし、前半の解説のとおり、COVID-19による履行不能については、COVID-19(Temporary Measures)Actによる一時的な義務の中断が認められる可能性があります。
同じくコモンロー系のマレーシアでは、Contracts Act及びその解釈により、履行不能や契約目的の不達成を理由として契約が終了することが認められています。しかし、これらの契約法理が適用されるには、当初の合意に基づいた義務を履行させることが正義に反すると裁判所が認める程度に、義務の履行が契約締結当時に前提としていたものとは根本的に異なるものになったといえなければならず、単に義務履行が困難になった場合や、履行のためのコストが増加した場合では足りない点には留意が必要です。
4. 契約不履行の他の契約や法令順守に対する影響
履行ができなくなった当該契約の当事者との関係以外にも、当該債務の不履行が、その他の契約の条項に抵触する事態や、関連当局への報告義務を生じさせることも想定されますので、他の契約や法規制に基づく追加的対応の要否についても検討しておくことが必要です。
5. COVID-19後の契約実務
今後、COVID-19の感染拡大による混乱から得た経験をもとに、既存の重要な契約や契約書ひな形を見直していくことが重要になります。
- 不可抗力条項、MAC条項および解除規定
今後新たに締結する契約に関しては、伝染病やパンデミックに起因する混乱が発生した場合にも、サプライヤーとの契約では契約上の義務が履行されるよう又は自社が供給義務を負う場合は契約上の義務を免れられるよう、契約条件を定めることが肝要です。また、既存の契約については、今後COVID-19などの不測の事態から生じ得る問題を想定して、相手方と契約条項を再交渉すべきかどうかを検討する必要があります。 - 免責条項と除外条項
免責条項は、責任を限定又は免除することを目的とした条項をいいます。自社がサプライヤーとなる場合には、伝染病やパンデミックによって生じ得る損害賠償責任に関し、免責条項を定めることも一考です。その場合、当該免責条項は、明確かつ合理的なものであることはもちろん、当該契約が準拠する法域の強行法規などに違反しないかも確認しなければなりません。また損害の範囲を限定する条項も検討の余地があります。
他方、サプライヤーとの契約では、免責条項や損害の限定条項がこちらに一方的に不利になっていないかどうか確認が必要です。
6. M&A(企業の合併・買収)の留意点
M&A案件、融資案件や投資案件などにおいて、デューデリジェンスは、ビジネス、財務、法務などの観点から対象事業・会社の価値や重要なリスクなどを調査することを目的として実施されます。COVID-19の感染拡大による混乱から明らかになったように、デューデリジェンスを実施する際には、サプライチェーンの混乱リスクに注目する必要があり、また、伝染病の拡大やそれに伴う政府や当局の規制による休業命令などの深刻な混乱に対処するための事業継続計画(business continuity plan)が整備されているかどうかにも注目する必要があります。大量の人員の解雇やその予定があれば、訴訟リスクを抱え込む可能性に注意を要します。
また、M&A案件などのスケジュールやタイムラインを検討するにあたっても、規制当局や登録機関の業務・サービスが全部又は一部休止した場合に、それによって承認申請、税金の支払い、登録手続などに様々な影響を与え得る点についても留意が必要です。また、買収価格について、上場株式の市場価格を基準とする場合において、株式市場が混乱した場合に備えて価格の算定方法の見直しと再交渉が必要になるかもしれません。また非上場会社の買収にあたっては、固定価格(Locked-Box)方式でなく、価格調整条項を加えることも検討すべきでしょう。
(執筆担当者:荒井)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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