【COVID-19】コロナ禍におけるM&A – ボーイング社によるブラジル企業買収の中止
本コラムでは、実際に新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を受けたと見られる米国のボーイング社によるブラジルのエンブラエル社の小型旅客機(リージョナル機)事業買収案件を題材に、M&A契約とMAC(Material Adverse Change)条項の論点をご紹介します。(COVID-19とM&Aにおける一般的な留意事項のエッセンスはこちら)
なお、本件事案の概要は各種報道などの公表情報を元に構成しています。
米国のボーイング社によるブラジルのエンブラエル社の
小型旅客機(リージョナル機)事業買収の中止の経緯
1. 本件概要
ボーイング社(The Boeing Company)は、世界最大の航空宇宙機開発製造会社であり、米国唯一の大型旅客機メーカーであり、欧州エアバス社と世界市場を二分する超巨大企業です。他方、エンブラエル社(Empresa Brasileira de Aeronáutica S.A.)は、2010年代に大きく成長し、特に小型旅客機製造市場ではカナダのボンバルディア社と並ぶ二強ともいわれ、強い存在感があるブラジルの小型旅客機メーカーです。以下、本件の概要につき時系列に沿って簡単にご紹介します。
2017年12月頃 | ボーイング社によるエンブラエル社の買収の報道
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2018年7月5日 | 基本合意書(Memorandum of Understanding)の締結
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2018年12月17日 | ボーイング社が対象事業の事業価値は52.5億ドル、ボーイング社の出資額は42億ドル相当とする提案 をしたとの発表 |
2019年1月10日 | ブラジル政府が、ブラジル国内の雇用維持など一定の条件を前提に、本件取引を承認 (なお、2019年1月1日より、ボルソナロ氏がブラジル大統領) |
2019年1月24日 | 基本取引契約(Master Transaction Agreement)の締結 |
2019年2月26日 | エンブラエル社株主総会にて、本件取引が承認される |
2020年1月27日 | ブラジル競争法当局(CADE)による承認
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2020年4月25日 | 本件取引中止の発表(下記2.参照) |
2. 本件取引中止の発表とその後の動向
2020年4月24日までに、両社は買収合意の具体的な実施方法を決める予定でしたが、話し合いがまとまらず、4月25日、ボーイング社は、基本取引契約(Master Transaction Agreement)を終了する旨を公表しました。なお、既存の基本協業契約(Master Teaming Agreement)は維持し、C-390といった軍用機関連における協業は継続すると述べています(同社HP参照)。
これに対しエンブラエル社は、ボーイング社は不当に基本取引契約を終了させたとして、ボーイング社に対し、本件取引の実行及び42億ドルの買収価格の支払いを求めています(同社HP参照)。エンブラエル社は、ボーイング社が同社の財政状況や小型旅客機737 MAXの事故・生産停止などの影響から42億ドルの支払いを避けるために不当な主張を行っていると反論しています。
3. 本件から得られる教訓
基本取引契約では、対象会社の事業などに重大な悪影響を及ぼす事由(Material Adverse Change(MAC事由))が発生した場合において、買い手が取引から離脱できる権利を規定するMAC条項が規定されています。同契約では、基本取引契約(Master Transaction Agreement)などの締結及びそれらに基づく行為、一般的な経済状況、対象会社の業界全体における変化、戦争やテロ、自然災害、法律や会計の変更、対象事業などの事業計画・予測の未達、金融市場の変化、コモディティの価格・状況など市況の変化などと並んで、「epidemic or pandemic, in each case, after the date hereof, whether or not pursuant to a declaration of an emergency(以下略)」として、緊急事態宣言を伴うか否かを問わず、感染症やパンデミックがMAC事由の例外(Carve-out規定)として明記されています。
ただし、この例外規定(Carve-out規定)は、同業他社に比べて対象会社・事業に不均衡な影響(disproportionate effect)がある場合に限り、MAC事由に該当するという二段階目の限定が設けられています。この点が論点となれば、今後COVID-19の影響が航空業界全体に及んでいるのか、エンブラエル社の対象事業に特に不均衡な影響を及んでいるのかといった議論がなされるものと推測されます。
MAC条項については、”material adverse effect”や”disproportional effect”など基準が曖昧であることは否定できず、またMAC発生の判断期間として年単位で見るべきとの見解もあり、一般的に買い手がMACを立証するのは難しいといわれています。本件は基本取引契約のサインから1年3ヶ月以上経過した事案ですが、今後、クロージングまでの期間が長いケースでは、契約当事者間でどうリスク分配を明確化するか、数値基準の導入を含めて検討の余地があると考えます。
(執筆担当者:岩崎)
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